2022年7月22日, 米Amazon社はプライマリケアサービスを提供するOne Medical(ワンメディカル)を買収すると発表した。買収額は一株当たり18ドルで取得し、総額39億ドル(5300億円)になる見通し。
なぜAmazon(アマゾン)はプライマリケアを提供するOne Medical(1life Healthcare)の買収するのか?目的はどこにあるのか?について、Amazon社のヘルスケア領域での取り組み全体を俯瞰した上で、考察を行っていく。
Amazonのヘルスケア事業における取り組みについて
Amazonのヘルスケア領域に取り組む組織図
Amazonは、アメリカのBig Tech(GAFAM)の中でも広範囲にヘルスケア・医療領域への取り組みを進めている。特に医薬品(医療用及びOTC共に)のオンライン販売は、日本でも業界構造を変えるインパクトを秘めており、業界関係者にとっては兼ねてからの注目動向である。
Amazonは大きく分けると、3領域でヘルスケア事業を進めている。
1. 音声インターフェースであるAmazon alexaやウェアラブルウォッチであるAmazon haloなどを抱えるデバイス事業
2. amazon pharmacyや、amazon careなどを抱える患者・従業員向けのヘルスケアサービス事業
3. AWSが展開するクラウドソリューションを活用した、ヘルスケア・ライフサイエンス・ゲノミクス領域向けのITソリューション事業
以上3事業領域についてそれぞれ、についてはこちらの記事に詳しくまとめている。
今回の買収は、患者・従業員向けのプライマリケア事業の強化が狙い
2022年1月にAmazon社はamzon pharmacy, amazon care, amazon Dxの3事業を1つの事業部に統合すると発表を行っている。今回のOne Medicalの買収及び買収後のサービス統合の流れもAmazon Stores事業部のヘルスケア領域担当部門で進められるとみられている。
Amazonは一見するとかなり広い領域での事業展開を行っているが、今回の買収及び今後の重点領域は、医薬品のオンライン販売、バーチャルケアや対面診療を合わせたヘルスケアサービスの展開及び、COVID-19のPCR検査などの簡易簡易検査・臨床検査事業などの領域だと考えられる。
これらは、一括りで分類すると患者・従業員向けのヘルスケアサービスだと考えられ、One Medical社の買収を通じてプライマリケアの領域での事業展開を大きく推し進めていくことが予想される。
(プライマリケアとは、日本でいうかかりつけ医のような概念であり、何か体調を崩したり健康に関して気になることがあった場合に最初に受診する医療機関や医師のことを指す。プライマリケアを行う医師にはあらゆる領域の初期診療を行った上で重症の場合は医療機関連携で、重症疾患に対応できる医療機関に紹介を行うなど、幅広い知識と経験が求められる。患者にとっては、これまでの自分自身の医療歴を全て把握してもらった上で、受診や健康相談などを行うことができるため、医療の質が高まると期待されている。)
引き続きCOVID-19による発熱患者やPCR検査の需要が高い状況が続くことが予想され、平時よりもプライマリケアの重要性は高まっている。
買収・出資・パートナーシップも含めると、より広いヘルスケア領域への取り組みを行っている
一方で、出資やパートナーシップなどの取り組みも含めると、上記の3つの事業領域以外にもより広い領域でヘルスケア事業への取り組みを進めていることがわかる。詳細な買収・出資・パートナーシップの領域についてはこちらの記事にまとめている。
AWSが右端のITインフラソリューションを推し進めつつ、今回のOne Medicalの買収や、amazon phamarcyやamazon careの取り組みのもとになった、Pillpack社の買収や、Health Navigator社の買収などをもとに患者・従業員向けのプログラムを構築し、医薬品販売やオンライン・オフラインそれぞれでの受診サービスなどを進めている。
また、創薬や医療保険、医療データ分析などを行っている企業に対しても積極的に出資や支援を行っている。
One Medical社の買収の狙いは何か?
One Medical社の事業について
One Medical社はプライマリケア事業を展開しており、約78万人の登録ユーザーと、188の医療機関を抱えている。
サービスの提供形態としては、$199の年会費を支払えば、オンライン診療やアメリカ国内の188のクリニックのどこでも受診可能というものだ。特にオンライン診療であれば24時間いつでも利用可能であり、予約の時間通りの診療の開始、同日翌日の予約が可能であること、188のクリニックのいずれもシームレスに受診可能であるということなどを売りにしている。
個人の契約も可能だが、企業の福利厚生として企業単位でも利用可能で、個人の契約も企業の契約もどちらも伸ばしている。
One Medical社の買収の目的は、プライマリケアに関する取り組みから得られる事業アセット
ここからが本題だが、今回のAmazonによるOne Medicalの買収はどこに狙いがあるのか?筆者としては以下のような理由や目的があるのではないかと考えている。
- Amazonが展開していこうとしているamazon care, amazon pharmacyはプライマリケアを志向しており、One Medical社のプライマリケア領域の経験やノウハウ含めた、事業アセットが重要だった。
- プライマリケアのためには、単なるオンライン診療プラットフォームではなく、オフラインでの医療機関ネットワークも重要である。
- One Medicalは独自の電子カルテシステムを構築しており、80万人分のこれまで数年分の医療データが活用可能になる。
- One Medicalの実施診療のうち8割はVirtual Careであることから、Amazonのヘルスケア事業を伸ばすために必要なノウハウやデータを持っている。
- One Medicalはプライマリケアが提供可能な本質的な価値を理解しており、かつそのターゲットユーザーも十分に抱えている。
まとめると、オフラインの188の医療機関, 80万人分の電子カルテデータ, プライマリケア及びバーチャルケアを獲得することが、今回の買収の目的だったのではないだろうか。
特に筆者として注目しているより価値の高い事業アセットとは、プライマリケアの価値とは何か?のノウハウや経験にあるのではないだろうか。
実際、One Medicalのサイト内ブログ記事を追っていくと、プライマリケアが満たす多様な患者ニーズをかなり具体的に捉えていることがわかる。(小児医療, 高齢者医療, 働く人向けのケア, LGBTQ当事者向けのケアなど)日本でもここまで言語化が進んでおりかつ、幅広く対応できている医療機関や民間企業はないのではないだろうか。
今後のAmazon社のヘルスケア関連の動向は?
今後のAmazonのヘルスケア事業の姿を想像すると、端的に表現するならばアメリカにおけるプライマリケアのプラットフォームへと成長を遂げていくのではないだろうか。
現在のアメリカ市場では、オンライン診療サービスは複数の企業がシェアを奪い合っている状況にあるが、Amazonはそのシェアの大半を獲得するポテンシャルを秘めている。
また、日本ではAmazonのヘルスケア領域での脅威は何か?という議論はこれまでは医薬品のオンライン販売網を作られることで、これまでの調剤市場やOTC市場が大きな変革期を迎えるのではないか?という観点であったが、そうした医薬品販売の文脈だけでなく、かかりつけ医・地域医療・プライマリケアという文脈でもAmazonの脅威を感じる日が来るのかもしれない。