お薬手帳アプリの未来はどこにある?新たに提供できる価値は何か?

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お薬手帳アプリの未来はどこにある?新たに提供できる価値は何か?

近年デジタル化が急速に進んでいる薬局業界。その影響は、いよいよ利用者にも直接的に届き始めようとしている。オンライン診療・オンライン服薬指導・電子処方箋制度の開始をきっかけとする処方体制の大変革に伴って、お薬手帳アプリが提供できる新たな価値について考察する。

お薬手帳アプリの現状

40近くのアプリが乱立、多様な分野から参入している

電子お薬手帳を開発している企業は乱立している。

具体的には、相互閲覧サービス「e薬Link」(標準規格のようなもの) に対応したアプリを提供している企業は約40社、データ保存先企業は約25社とかなり多くなっている[1]。

さらに、下記の通り多様な分野からの参入が見られる。

利用者向けの機能面で大きな差はなく、薬局向け集客ツールとしても期待は薄い

多くのアプリが乱立している状況ではありながら、利用者に提供されている機能に大きな差は見られない。

下の表に示した通り、主力なアプリ数点を比較しても、機能面で大きな差は見られないことがわかる。

このように、機能面で大きな差が見られないことから、「導入されているお薬手帳アプリの種類を理由に、かかりつけ薬局を決めている」人は少ないと考えられる。薬局側にとっては、電子お薬手帳による新規顧客流入増加も既存顧客流出防止も期待し難いのが現状だ。

厚生労働省の取り組み

お薬手帳の電子化の流れは、元を辿れば日本政府が打ち出した「どこでもMy病院」構想から始まったものである。これは、個人の医療・健康に関する情報が電子的に管理され、どの医療機関でも過去の診療情報に基づいた医療を受けられること、を表した概念だ。この構想実現のために、電子カルテ・電子お薬手帳をはじめとする医療の情報化が推奨されるようになったという経緯がある。

したがって、厚生労働省は電子お薬手帳を医療体験向上の手段として捉えているものと考えられる。

厚労省、電子版お薬手帳のモデル事業を開始:一般医薬品の登録も視野に

実際、厚労省は2022年10月から12月にかけて、電子お薬手帳のモデル事業を実施している。

  • 背景:厚労省が着手しきれていない一般用医薬品にも、重複投薬・相互作用などのリスクがあるため、情報活用が望まれる。
  • 目的:電子版お薬手帳を用いた一般用医薬品等の情報活用に関して、推進に向けた課題を抽出し、利用者・薬局・医療機関などのメリットや活用方法などを検討する。
  • 方法:一般用医薬品等の服用状況の記録、薬剤師による服薬指導などを、薬局利用者に経験してもらう。
  • 対象:全国約40店舗の薬局、約600名の利用者
  • 連携企業:株式会社くすりの窓口、harmo株式会社、株式会社ファルモ、メドピア株式会社

このように、厚生労働省がお薬手帳アプリの使用範囲を一般用医薬品にまで広げることを視野に入れているという現状もある。

お薬手帳アプリに影響を起こしうる市場環境の変化:処方体制のデジタル化

今後のお薬手帳アプリの展開に影響を起こしうる市場環境の変化は、一言で言えば「処方体制のデジタル化」だ。

具体的には、オンライン診療・オンライン服薬指導の開始電子処方箋の導入開始がこれに該当する。

オンライン診療・オンライン服薬指導の開始

厚生労働省は、積極的に処方体制のデジタル化を推し進めている。

特にここ数年で起こった大きな変化は、オンライン診療とオンライン服薬指導の開始である。十分に普及しているとまでは言えないものの、コロナ禍の影響もあり、利用は伸びている最中だ。

オンライン診療のプラットフォームでは、自社での機能実装や他社との提携などにより、電子お薬手帳機能を一緒に提供している場合が多い

  • 株式会社メドレー「CLINICS」:アプリ内にお薬手帳機能が含まれる
  • メドピア株式会社「kakari for Clinic」:自社のお薬手帳アプリ「kakari」と連携
  • 株式会社MICIN「curon」:PHC株式会社の「ヘルスケア手帳」と連携

このような背景から、電子お薬手帳がそれ単体ではなく、オンライン診療 → オンライン服薬指導 → 電子お薬手帳に記録 という一連の流れの中で使われるようになる例が増えていくだろう。

電子処方箋に関する厚生労働省の見解

また、2023年1月には全国的な電子処方箋の仕組みが整備されることとなっている。電子処方箋はオンライン診療と密接に関わる制度だ。医療機関が管理サーバーに電子処方箋を登録し、患者の本人確認後に薬局がその処方箋を受け取るという、新しい処方の流れが想定されている。

ところで、厚生労働省は2022年10月、電子処方箋の運用に関する通知の中で、以下の内容を提示している[3]。

  • 処方箋の電子化は、医療機関・薬局の連携処方内容の一元的・継続的把握の効率化などに役立つ。
  • 患者が電子化された処方内容・調剤内容を閲覧・活用するためには、マイナポータル・電子版お薬手帳などとの連携が不可欠である。
  • 電子処方箋から得られた処方・調剤情報はマイナポータルでリアルタイムで閲覧できる仕組みとし、その情報をAPI連携で電子版お薬手帳にダウンロードできる仕様とする。

つまり、厚生労働省の認識では、電子処方箋を電子お薬手帳と連携させることが必須条件であり、その結果として医薬連携や患者への情報提供の効率化を目指しているといえる。

したがって、お薬手帳アプリを開発している企業には、電子処方箋の情報をダウンロードし、医療機関・薬局・患者に対し活用可能な形で提示する機能が求められるようになる。

これからのお薬手帳アプリは誰にどのような価値を提供できるか?

お薬手帳アプリの現状と市場環境の変化を踏まえ、その未来がどこにあるかを考えたい。

まず前提として、お薬手帳が現在提供している価値には、以下のようなものがある。

  • 複数の医療機関を受診している患者への重複調剤を防ぐことができる
  • 飲み合わせの確認による相互作用の予防に資する
  • かかりつけ薬剤師と患者の間の、信頼関係の構築を助ける
  • 救急搬送時、旅行時、災害時に内服薬がわかる
  • 患者自身が、自分の使用している薬剤について把握するのを助ける

しかし、先述した処方体制のデジタル化を経て、電子お薬手帳が提供できる価値はもっと幅広いものとなるだろう。ここに挙げたもの以外で、今後お薬手帳アプリは誰にどのような価値提供を行える可能性があるだろうか。

① 薬局への集客価値:顧客の囲い込みに対する潜在価値は高いのではないか

先述した通り、今のお薬手帳アプリは、薬局向け集客ツールとしての効果は弱い。しかし、工夫次第で集客効果を高めることも可能だろう。

例えば、他サービスとの連携も視野に入れた上で、インセンティブを設けるという策が挙げられる。主に既存顧客の流出防止を目的とした施策だ。

インセンティブの例としては、ポイント付与制度などがある。薬局で薬を受け取るたびにポイントが貯まる、アプリからの毎日の服薬リマインドに対応するたびにポイントが貯まる、などが考えられる。継続するほど得を感じられるシステムの構築により、アプリ及び薬局の乗り換えを防止できる可能性がある。

よりその効果を高めるためには、ポイント自体の価値を高める必要がある。ここで、他サービスとの連携が考えられる。現在展開されている例をいくつか紹介する。

  • 株式会社くすりの窓口「EPARKお薬手帳」
    … 処方された薬の情報登録などによりポイントが貯まる。EPARKグルメ・EPARKリラク&エステなどの提携サービスで割引に使える。
  • CCCMKホールディングス株式会社「ミナウェル」… アプリ内でアンケートに回答するとTポイントが貯まる。

② 患者への提供価値:薬剤師と患者が気軽に話せる場になれるか?

薬局が来局者に提供している大きな価値の一つに、「薬に関する疑問を気軽に聞ける」ことがある。薬を受け取るタイミングで不安や疑問を解消できるのは、利用者にとって非常にありがたい。

しかし、薬を飲み始めてから生じた疑問については対処が難しい。わざわざ薬局に出向くのは現実的ではなく、薬局に電話する・自分で調べるなどの方法をとる必要がある。

この問題に対する新たなアプローチとして、お薬手帳アプリにいつでも気軽に薬剤師に質問できる機能を実装することが考えられる。電子お薬手帳が「時間や場所を問わず、薬のことについて気軽に尋ねられるツール」になれば、利用者にとっての魅力は飛躍的に向上するだろう。

さらに、この機能はかかりつけ薬剤師と患者の間での信頼関係の構築にも寄与するため、薬局にとっても十分なメリットがある。

この機能を売りにしている電子お薬手帳として、株式会社ファーマシフトの「つながる薬局」が挙げられる。このお薬手帳は、プラットフォームに自社のアプリではなくLINEを採用している。LINEで友だち登録することで、処方箋送信・電子お薬手帳・オンライン服薬指導などの機能を使うことができる。このサービスの一つの強みが「薬局に行くことなく、LINEで薬剤師に気軽に相談できること」である。この機能も功を奏し、現在では登録者数が50万人を超えるサービスにまで成長している。

③ お薬手帳アプリはオンライン医療の入り口になるだろう

お薬手帳アプリは、その導入率・利用率の高さや利用開始のハードルの低さから、利用者がオンライン医療(バーチャルケア)を経験する第一歩となる可能性が高い。

導入率については、オンライン診療を導入している医療機関の割合は約15% (2021年) であるのに対し、電子お薬手帳を導入している薬局の割合は約50% (2019年) に達する[4,5]。利用率についても、オンライン診療の利用経験がある人の割合が約6%であるのに対し、お薬手帳アプリの利用経験がある人の割合は約12%となっている[6,7]。

また、利用までのハードルの高さも異なる。オンライン診療やオンライン服薬指導は、基本的に医療機関現地ではなく自宅などで受けるものである。通話環境のセッティングなど、自分の手で準備しなければならないことが少なくない。一方、お薬手帳アプリについては、利用開始のタイミングは薬局店内である場合が多い。アプリのダウンロードや薬の登録などについて、現地で案内を受けながら進めることができ、ハードルが低い。

このように、患者がオンライン医療に触れる最初の機会はお薬手帳アプリとなる可能性が高い

この特徴を活かせるのは、オンライン診療プラットフォーマーをはじめとする、toC医療サービスを展開する企業だろう。例えば、お薬手帳アプリ内の機能からオンライン服薬指導を受けてもらうことにより、オンライン診療を経験してもらうきっかけを利用者に提供できる可能性がある。

例えば、日本調剤株式会社は自社で展開するお薬手帳アプリ「お薬手帳プラス」内に「オンライン服薬指導」のアイコンを設置している。初めてタップすると、自社で展開するオンライン服薬指導サービス「NiCOMS」の紹介文が表示され、会員登録へと誘導される仕組みとなっている。

④ 「シームレスな医療」実現への鍵になるか?

シームレス(seamless)は、"途切れのない" "縫い目のない"等の意味を表す英語である。そこから派生して、「シームレスな医療」とは、医療機関・薬局などの多施設の間で患者に関する情報がしっかりと共有され、患者が二度手間等を感じずスムーズな形で医療を享受できる体制のことを指す。

この「シームレスな医療」を実現する上で、お薬手帳アプリが重要となる可能性がある。

患者が現在服用している薬や過去に処方された薬への反応などの情報は、正確な医療のために重要である。しかし、忙しい外来診察や時間にシビアな救急医療などの現場では、紙媒体のお薬手帳から必要な情報を収集することは非現実的である。入院などの場合でも、お薬手帳ではなく本人から直接情報を集めることが多い。総じて、ある種シームフルな医療となってしまっているだろう。

そこで、患者の一番近くで情報を収集している電子お薬手帳の活用が期待されることとなる。患者の薬に関する情報を医療機関・薬局等へ共有し、連携を高めるために使用される。具体的には、「内服中の薬をデータとして問診時などに吸い上げ、医療機関で活用する」などの利用方法が考えられる。

では、このような形で「シームレスな医療」が実現するとすれば、それは誰にどのような価値を与えることになるだろうか。次の2点が考えられる。

  1. 患者への価値提供:医療体験が向上する。スムーズな診療・調剤体験に変わっていく。
  2. 医療機関への価値提供:情報の高度な連携により、業務効率化・医療サービスの質の向上が期待できる。

このような観点から、「シームレスな医療」実現への鍵としても電子お薬手帳は注目を集めていくことになるだろう。

まとめ

  • お薬手帳アプリの現状
    • 乱立しており、開発企業は日本薬剤師会・薬局チェーン・専門事業者・オンライン診療関連事業者など多様である。
    • 利用者向けの機能面では大きな差はなく、薬局向けの集客ツールとしての役割は十分とは言えない。
    • 2022年内に、厚生労働省主導で「電子版お薬手帳を用いた一般用医薬品等の情報活用を推進するための課題の抽出、活用方法等を検討」するモデル事業が実施。
  • お薬手帳アプリに影響を起こしうる変化
    • 処方体制デジタル化の流れ:2022年にはオンライン診療・オンライン服薬指導が開始、2023年には電子処方箋が開始。
  • これからのお薬手帳アプリが提供できる価値
    • 薬局への集客価値:他サービスとの連携も視野に入れた上で、ポイントなどのインセンティブを設ける。顧客の囲い込みに有効と考えられる。
    • 患者への提供価値:薬剤師と気軽に話せる場として、薬について気になったことがあれば、時間・場所を問わず薬剤師に相談できる。
    • オンライン医療の入り口:導入率・利用率の高さや利用開始のハードルの低さから、オンライン診療を経験してもらうきっかけを提供できる可能性がある。
    • 「シームレスな医療」実現への鍵:問診での活用などにより、患者の医療体験向上、医療機関の業務効率化・サービス向上に期待がかかる。

参考文献

1) https://www.nichiyaku.or.jp/e_kusulink/list.html
2) https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/2022/08/01_00.html
3) お薬手帳(電子版)の運用上の留意事項について | 厚生労働省 | https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T211027I0010.pdf
4) 第17回 オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会 資料1 令和3年4月~6月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果 | 厚生労働省 | https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000840233.pdf
5) かかりつけ薬剤師・薬局に関する調査報告書(別添1)アンケート調査結果 | 厚生労働省 | https://www.mhlw.go.jp/content/000509233.pdf
6) オンライン診療に関する調査 | MMD研究所 | https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1902.html
7) お薬手帳アプリに関する利用実態調査 | MMD研究所 | https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1905.html

京都大学医学部6回生。医療情報のあり方に興味があり、初期研修後の進路では社会医学・行政・企業勤務・起業なども視野に入れる。現在はインターンでヘルステック領域を学びつつ、G検定・応用情報技術者試験合格など情報分野でも修行中。趣味は競技かるた、身近な人を手伝うツール開発、ブログ執筆。