「3文書6情報」は、厚生労働省が最初に標準化を進めようとしている電子カルテ情報の総称で、具体的には次の文書・情報が該当する。
・3文書:① 診療情報提供書、② キー画像等を含む退院時サマリー、 ③ 健康診断結果報告書
・6情報:① 傷病名、② アレルギー情報、③ 感染症情報、④ 薬剤禁忌情報、⑤ 検査情報(救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査)、⑥ 処方情報
本記事では、電子カルテ標準化における3文書6情報の位置付けを解説した後、各文書・各項目の具体的内容、想定される医療現場等での活用方法などを述べる。
電子カルテ標準化は3文書6情報から進められる予定である
電子カルテ標準化は「医療DXビジョン2030」の3本柱の1つ
厚生労働省が主体となって進めている医療DX政策は、主に「医療DXビジョン2030」に基づいている。これは2022年5月に自由民主党政務調査会から発表された提言で、「日本の医療分野の情報のあり方を根本から解決する」ことを目的として、次の3つの取り組みを同時並行で進めることを提案するものであった。
- 「全国医療情報プラットフォーム」の創設
- 電子カルテ情報の標準化(全医療機関への普及)
- 「診療報酬改定DX」
医療現場で役に立つ3文書6情報から標準化されていく予定
このうち電子カルテ情報の標準化は、次の流れで進められる予定となっている。
- 医療機関同士などでデータ交換を行うための規格を定める。
- 交換する標準的なデータの項目、具体的な電子的仕様を定める。
- 当該仕様について、標準規格として採用可能かどうか審議の上、標準規格化を行う。
- 標準化されたカルテ情報及び交換方式を備えた製品の開発をベンダーにおいて行う。
- 医療情報化支援基金等により標準化された電子カルテ情報及び交換方式等の普及を目指す。
2022年3月には「HL7 FHIR」というフレームワークが標準規格として採用され、交換する標準的なデータの項目を定める段階 (上記2) に移行した。そこで、医療現場での有用性が高いと考えられる項目から標準化を進め、段階的に拡張するという方針が立てられ、その項目として「3文書6情報」が挙げられたのだ。
3文書6情報の詳細は次の通りだ。
・医療情報:① 傷病名、② アレルギー情報、③ 感染症情報、④ 薬剤禁忌情報、⑤ 検査情報(救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査)、⑥ 処方情報
・上記を踏まえた文書情報:① 診療情報提供書、② キー画像等を含む退院時サマリー、 ③ 健康診断結果報告書
3文書6情報はそれぞれどんな内容?
6情報の具体例
① 傷病名
・既往歴:過去に抱えていた疾患名。「脳卒中」「急性心筋梗塞」など
・現病名:現在抱えている疾患名。「糖尿病」「アルツハイマー型認知症」など
② アレルギー情報
「乳製品アレルギー」「造影剤に対するアレルギー」「ペニシリンアレルギーで呼吸困難の既往」など
③ 感染症情報
・梅毒関連:「梅毒STS (RPR法)」「梅毒TP抗体」
・ウイルス性肝炎関連:「HBs」「HCV」
・後天性免疫不全症候群(AIDS)関連:「HIV」など
④ 薬剤禁忌情報:当該患者に使用してはいけない薬剤に関する情報
「重篤な腎障害を有するためNSAIDsは禁忌」「妊娠中のためワーファリンは禁忌」「バルプロ酸ナトリウムを服用中のためカルバペネム系抗生物質は禁忌」など
⑤ 検査情報(詳細は下記画像を参照)
・救急時に有用な検査:血算、電解質、アルブミン、BNP、CRPなど
・生活習慣病関連の検査:LDLコレステロール、血清クレアチニン、尿蛋白、血糖など
⑥ 処方情報:当該患者が使用している薬剤に関する情報
「アムロジピン錠5mg「日医工」を1日1回朝食後に服用」など
文書1. 診療情報提供書
診療情報提供書とは、簡単に言えば紹介状のことだ。異なった医療機関でも正しく的確に継続して医療を行えるよう、症状・診断・治療など、今までの診療情報の要約と紹介の目的を記述する。
電子化されていない「診療報酬点数算定に係る診療情報提供書」の雛形を画像で示す。
今回の電子カルテ標準化に伴って提案された標準規格では、上のテンプレートに記載されていた項目だけではなく、次のような項目まで記載されることとなった。
例えば、紹介目的・投薬指示(処方情報)は次のように記載される。
文書2. キー画像等を含む退院時サマリー
退院時サマリーとは、退院時に作成される当該患者に関する諸情報の要約 (summary) である。
退院時要約等の診療記録に関する標準化推進合同委員会(日本医療情報学会・日本診療情報管理学会)による「退院サマリー作成に関するガイダンス (Sep 2019)」では、次のように説明されている。
「入院患者の退院に際して,関与する他の診療科,他の医療機関ならびにケア施設の間で効率的に情報を共有し,もって当該患者の診察,治療,ケアを適切に連携・継承できるよう,入院診療の主治医の責任において作成されるもの」
したがって、診療情報提供書と退院時サマリーの作成目的は基本的に同じで、いずれも医療機関が移っても的確な医療を保つための文書である。違いは作成のタイミングで、前者が紹介時に作成されるのに対し、後者が退院時に作成される。
記載内容は次の通りで、診療情報提供書と大きな違いはない。
例えば、入院中検査結果・身体所見は次のように記載される。
文書3. 健康診断結果報告書
「健康診断結果報告書」で検索すると「定期健康診断結果報告書」というものがヒットするが、これらは別物である。定期健康診断結果報告書は、企業などにおける定期健康診断の結果を労働基準監督署に提出する書類のことを指す。一方、3文書における健康診断結果報告書は、健診実施機関が保険者や個人に向けて発行する、特定健診などの健診結果を報告する書類のことを指す。
この文書は以前より標準化されており、自治体間やマイナポータルとの情報連携が既に開始されている。ただし、JAHISが制定した「健康診断結果報告書規格Ver.2.0」はHL7 CDAに基づいており、このたび電子カルテ標準化で採用されたHL7 FHIRには基づいていなかった。そこで、内容に大きな変化は見られないが、「健康診断結果報告書 HL7FHIR 記述仕様」が新たに提案された。
この記述仕様では、以下のような項目の記入が想定されている。
- 報告区分:例「10: 特定健診」
- 健診プログラムサービスコード:例「010: 特定健診」
- 受診日、受診者情報(氏名、カナ氏名、生年月日、性別、住所、電話番号)、受診券情報(受診券整理番号、有効期限、発行者)
- 健診実施機関(名称、機関番号、所在地、電話番号)、健診実施者(氏名、カナ氏名)
- 健診結果:身長、体重、BMI、腹囲、既往歴、自覚症状、他覚症状、収縮期血圧、拡張期血圧、中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、GOT(AST)、GPT(ALT)、γ-GT(γ-GTP)、HbA1c、採血時間、尿糖、尿蛋白、メタボリックシンドローム判定、保健指導レベル、医師の診断(判定)など
- 問診結果:服薬、喫煙、既往歴、貧血、20歳からの体重変化、30分以上の運動習慣、歩行又は身体活動、食べ方、食習慣、飲酒、飲酒量、睡眠、生活習慣の改善、保健指導の希望など
3文書6情報の活用方法
最大の活用目的は、シームレスな医療体験の実現
3文書6情報をはじめとする電子カルテ情報の標準化は、「シームレスな医療体験」に直結する。「シームレスな医療」とは、医療機関・薬局などの多施設の間で患者に関する情報がしっかりと共有され、患者が二度手間等を感じずスムーズな形で医療を享受できる体制のことを指す。
厚生労働省は、電子カルテ情報の標準化によって目指すべき姿を次のように示している。
「患者や医療機関同士などで入退院時や専門医・かかりつけ医との情報共有・連携がより効率・効果的に行われることにより、患者自らの健康管理等に資するとともに、より質の高い切れ目のない診療やケアを受けることが可能になる。」
ここに書かれている「切れ目のない診療やケア」が、まさに「シームレスな医療体験」のことだ。シームレス(seamless)は、"途切れのない" "縫い目のない"等の意味を表す英語である。
このように、3文書6情報を標準化する最大の意義は、シームレスな医療体験の実現である。
この観点から考えられる活用例を、下記の通り5つ示した。順に紹介する。
- 救急搬送された患者に対する的確な治療提供
- 災害時などの継続的な治療
- 問診の負担軽減
- 重複投薬の削減
- 対面以外の診療の場での患者情報の補完
活用例1. 救急搬送された患者に対し的確な治療を提供する
救急搬送されてきた患者の電子カルテ情報を閲覧することができれば、より適切で迅速な検査、診断、治療などを実施できる。
例えば、意識消失で搬送された患者の電子カルテ情報から、糖尿病の現病歴やインスリンの処方情報などが確認された場合はどうか。意識障害が起こった原因の鑑別が必要となるが、これらの情報はインスリン過剰による低血糖やDKA, HHSなどの疾患を疑う有力な材料となる。
さらに、脱水を示唆する病歴に乏しいHHSであった場合は、HHSの原因を特定する上で過去の心電図の情報も有用となる。頻度は低いが、HHSの原因に心筋梗塞がある。HHS発症後の心電図で新規のST変化や徐脈性不整脈が発見されれば、STEMIやNSTEMIを疑って冠動脈造影も視野に入れたい[1]。
他の例として、ワクチン接種によるアナフィラキシー反応に対する救急処置が挙げられる。この状況では基本的にはアドレナリン製剤が用いられるが、β遮断薬を服用している患者に対しては効きが悪いことが知られている。もし電子カルテの情報が閲覧可能な状況であれば、アナフィラキシーが起こった時点でβ遮断薬を内服しているかどうかの確認を行い、内服していれば代替薬のグルカゴンに切り替えるといった対応が可能だ。
[1] 参考:高血糖高浸透圧症候群の存在下で、新規の洞不全症候群を手がかりに非ST上昇型心筋梗塞の合併を疑った1例 | 聖隷浜松病院 総合診療内科 折田巧ほか | https://g-ings.com/gsystem/hgm/abstracts/category/detail_subjects/78151?subjects_id=3113
活用例2. 災害時などに治療を継続する
災害時には、かかりつけの医療機関が被災する可能性が考えられる。このような状況では患者の医療情報の入手が難しく、重症化するリスクや継続しなければいけない治療の把握が困難である。
しかし、電子カルテが標準化されていれば、別の医療機関から元の医療機関の電子カルテ情報を閲覧することができる。この経路で患者の抱える疾患や受けている治療に関する情報を確認することで、必要な治療の継続が容易になる。
例えば、進行した腎不全に対する透析や、重度のCOPDに対するHOT (在宅酸素療法) などは、災害時であっても継続的な治療が必要となる。電子カルテの情報を見ることができれば、当該患者に対する透析時間や酸素濃度などの目安について調べることが可能である。
活用例3. 問診の負担を軽減する
問診は患者にとって面倒な作業だ。特に入院の際には、医師から病歴や家族歴・職業や生活習慣などを幅広く聞かれ、看護師からも似た内容を聞かれ、さらに薬剤師からも常用薬やサプリメントなどを聞かれ……といった形で、同じ内容を何度も尋ねられるケースも多い。
医療者にとっても負担になっている面は大きい。複数名の医療者が問診で得られた情報をそれぞれの診療記録の中で記載する場合が少なくないため、後からこれらの情報を集約するのは困難である。統一されたテンプレートがないが故に、電子カルテにすでに存在している情報を聞き直すという余計な手間が発生している側面がある。いずれにせよ、問診は患者にとっても医療者にとっても負担の多い作業である。
ここで、他院の電子カルテ情報を利用できれば、問診の手間を削減できるかもしれない。もちろん「全てを前医の情報から読み取り、自施設では問診を行わない」ということにはならないだろう。しかし、処方されている薬剤に関する問診など、変動しない項目に関する問診は省略されるようになるかもしれない。
また、体裁が標準化されることによって前医からの情報を読み取る負担も軽減され、結果的に理解度が今までよりも高い状態で患者の問診や診療を開始できる可能性も十分に考えられる。
活用例4. 重複投薬を削減する
厚生労働省は「同一の患者に対して複数の医療機関から、同じ月に同一の医薬品が処方される」ことを重複投薬と呼んでいる。2015年に行われた全国健康保険協会(協会けんぽ)の調査では、男性では0.65%、女性では0.61%の重複投薬があることが明らかとなっており、この削減を目指して様々な議論が行われている。
電子カルテ情報のうち処方情報が共有・利用されるようになれば、重複投薬を減らすことができるかもしれない。また、薬剤師による疑義紹介によって処方がストップされたために重複投薬には至らずに済んだというケースもあるだろう。このようなケースに関して、事前に医師側で処方情報を確認しやすい状況が作られれば、薬剤師による疑義紹介より前に重複投薬を回避できる可能性も上がるだろう。したがって、電子カルテの標準化は薬剤師の業務効率化にもつながりうる。
活用例5. オンライン診療などの場で患者情報を補完する
コロナ禍を経て、オンライン診療やオンライン服薬指導の利用が拡大しつつある。オンライン診療ならではの限界を解消するために、電子カルテの情報を活用できる可能性がある。
例えば、オンライン診療では身体診察(聴診や触診、口の中に光を当てて観察するなど)は行うことができず、病状評価の材料が減ってしまう。しかし、電子カルテ情報を使用できる場合、対面の際に得られていた身体診察所見を参考にすることができる。
また、病状の急な悪化などで予定外の診察を受けたい患者が、オンライン診療を利用して初めての医師に診てもらう場合もある。このような場合、医師側からすると患者視点での病歴の話しか診断や治療を考える材料がなく、情報不足の側面が否めない。しかし、前医の電子カルテに記録された傷病名・各種検査結果・処方情報などを確認できれば、診療の大きな助けとなる。