ヘルスケアにおけるデジタルツインの利活用とは?
近年デジタルツインはAR・VRの文脈で用いられるが、医療やヘルスケア分野においては創薬・治療などで注目を浴びている。本稿ではヘルスケア分野においてデジタルツインを活用することでどのようなことができるかについて、現在進んでいる研究や活用されている事例をもとに考察して行きたい。
デジタルツインとは何か?ヘルスケアにおいてデジタルツインは何を複製するのか?
デジタルツインとは、現実世界に存在する事象を仮想空間にデジタルによって複製表現したものである。このデジタル複製表現を利活用することで、現実世界のオリジナルの把握・分析・監視が容易になったり、過去のデータなどを参照して将来予測することも可能となる。
ヘルスケアにおいては患者、医療機器・医薬品、病院の主に3つが複製される。患者の過去のデータをもとに患者のデジタルツインを作成することが可能で、これをもとに将来の健康状態を予測することができる。医療機器・医薬品のデジタルツインは機械の性能や、利用後の結果を複数のパターンで予測できるので、治験や上市へのステップを効率化する。建物や病院での人の移動を複製することで、オペレーションの予測、空気の移動経路などを予測することができる。
ヘルスケア分野でのデジタルツイン研究や活用事例
Unlearnは患者のツイン作成で治験コスト削減に向けて開発を進める
米国のUnlearn社は2017年に設立したスタートアップ企業で、現在に至るまで約7000万ドルの資金調達を実施している。また資金調達先にはEisaiも含まれている。
同社はデジタルツインを用いてアルツハイマーやパーキンソン病等の分野での治験コストの削減に向けて開発している。現状治験においては新薬とプラセボとの比較が必要となり、そこでの人の収集コストや工程でのミス等が大きな問題となっている。同社はこの課題に対して、AIのディープラーニングを用いて過去の治験データから患者のデジタルツインを作成し、偽薬(プラセボ)への反応を予測することに取り組んでいる。結果的にデジタルツインを用いることで治験の参加人数の削減や治験失敗による遅延の防止にもつながる。
Twin Healthは患者個人の代謝をモデル化することで慢性疾患の重症化予防を進める
米国のTwinHealthは2018年に設立したスタートアップ企業で、現在に至るまで約1億9800万ドルの資金調達を実施している。同社は慢性疾患の重症化予防に取り組んでいる。
特に米国においては高血圧患者は1億1600万人、糖尿病患者は2870万人と推定されており、毎年慢性疾患に人口の大部分の人が悩まされている。国内におけるこのような課題に対して、同社は患者の代謝をモデル化したデジタルツインを作成する技術を開発した。このモデルを用いることで、栄養、睡眠、活動、呼吸等のライフスタイルの変化によって代謝がどのように影響するか知ることができる。分析したデータをもとにライフスタイルを改善することで、慢性代謝性疾患をどれだけ回復または予防できるか予測することができる。
現在進行中の臨床試験では、このプログラムの提案が2型糖尿病患者の血糖値、肝機能、体重などにどのような影響を与えるかを測定している。
シーメンスは病院と連携して、デジタルツインを用いた院内オペレーション改善の研究を進める
シーメンス(Siemens)社はアイルランドのダブリンにあるMater Private Hospitalと連携し、院内の放射線科のレイアウトとインフラをデジタルツインを用いながら一新した。デジタルツイン技術を用いて、完全デジタル化された診療科のイメージを設計し、シーメンスの設計チームは、病棟のレイアウトを検討し、改善策を実施した。
業務フローをデジタルツインでシミュレートすることで、CTスキャンとMRIスキャンの待ち時間が平均19分短縮され、患者の回転時間が速くなり、MRIスキャンでは32%、CTスキャンでは26%のキャパシティアップを実現した。また、スタッフの人件費削減にも貢献し、1日に必要な残業時間が平均50分短縮され、1年間で9,500ユーロの節約になることがわかった。
シーメンズ社以外も取り組んでおり、デジタルツインは病院の構造やワークフローも複製することができる。これらを用いることで、院内のオペレーションはもちろん近年では空気の動きのシミュレーションから菌が院内をどのように巡るかなども研究することができる。
コニカミノルタはデジタルツインの活用で治療・手術のシミュレーションを可能にする
コニカミノルタは内視鏡を用いた脊椎の切削手術を仮想空間でシミュレーションするデジタルツインのアプリケーション「Plissimo XV」を2018年から提供している。患者が医療機関で撮影した実際のコンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)等の医療画像を読み込み、3次元で描画することができる。
またデジタルツイン技術を用いることで、体の構造だけでなく、手術で用いるドリルなどの医療器具の複製も可能で、それを活用することで実際に切削した脊椎はどのように変形し、切削のたび脊椎内部の神経がどの程度見えるようになるかなどについて知ることができる。
武田薬品とPwCはデジタルツインの活用で人の行動変容を分析し、医療の需給を予測する
PwCコンサルティングは、武田薬品と連携し、デジタルツイン技術を活用することで医療の需給をシミュレーションするシステムを開発している。具体的には武田薬品の知見と、厚生労働省の公開データおよび第三者提供のデータを活用し、様々な危機に対する患者の行動や医療提供体制の変化を予測し、医療の需給ギャップをシミュレートする。
COVID-19が流行しているときに、マクロとミクロの両方の視点から人々の動きを分析し、それをもとデジタルツインで医療の需要と供給がどのように変わるかを考察した。マクロ的な視点では、コロナによるパンデミックで集団がどう反応する、どんな感染状況であるかを分析し、ミクロ的な視点では、それぞれの人の行動変容がどう変わるかについて分析し、それらが統合されて需給にどう影響するかを予測する。
まとめ:ヘルスケアにおけるデジタルツインの利活用とは?
以上デジタルツインの利活用について事例をベースに外観してきた。今回取り上げた5つのうち4つがいまだ開発段階であり、まだ現場で積極的に用いる段階には至ってない印象である。しかし、それぞれが現場で活用されると現在の多くの医療課題を解決されると思われる。今後のテクノロジーを用いた解決とその発展に期待である。