日米の保険会社のデジタルヘルスの取り組み比較

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日米の保険会社のデジタルヘルスの取り組み比較

日米の保険会社のデジタルヘルスの取り組みには大きな差がある。なぜか?

日本の保険会社とアメリカの保険会社それぞれにおける、デジタルヘルスの取り組み状況には大きな差がある。

日本の保険会社におけるデジタルヘルスの取り組みは、健康維持増進がメインであり、実施形態も有償サービスの案内という形で展開しているケースが多い。一方で、アメリカの保険会社では、保険商品の中にデジタルヘルスプログラムが組み込まれており、取り組み内容も疾患管理という領域など一歩踏み込んだ取り組みが多くみられる。

こうした差分はなぜ生まれるのだろうか?国内のヘルスケア企業が今後保険会社向けに製品提供を行っていく事例は増えないままなのだろうか?この記事では日米の保険会社の具体的なデジタルヘルスサービスの取り組みを紹介する。その上でこうした差がなぜ生まれるのか?ということについて考える。

米国保険会社が取り組むデジタルヘルス

Oscar Health

オスカーヘルスは2012年に設立され、2022年現在アメリカの22州で約100万以上の人にサービスを提供している。全11ラウンドに渡って、合計16億ドルもの資金調達をしており、わずか設立10年で急成長した企業である。オスカーヘルスはデジタルヘルスを推進する企業として有名であり、保険加入者だけでなく、医療従事者にとっても魅力的なサービスを提供している。今回はオスカーヘルスが実施する2つのデジタルヘルスの取り組みを取り上げる。

・専用アプリで健康を一括管理、日々の運動で年間最大$100のユーザー還元が可能

オスカーヘルスのデジタルヘルスのサービスの一つとして専用アプリがある。保険加入者はアプリを通して遠隔での相談や遠隔医療を受けることが可能である。その他にも医療施設の検索することができ、過去の医療受診歴、保険の控除額、検査結果を見ることも可能で、常に自分の健康状態を確認することができる。

またアプリはGoogleFitやAppleHealthと連動しており、設定した歩数目標を達成したユーザーに1日$1ユーザーに還元され、年間で最大$100のユーザー還元ができる。このように、健康に対する関心を持ってもらうために様々な取り組み実施している。

・専用プラットフォーム「+Oscar」で医療機関の「不」を解決
オスカーヘルスは保険加入者や連携している医療機関のデータをもとに「+Oscar」をプラットフォームとして共有している。現在このプラットフォームは13%のER(救急医療)訪問の減少、バーチャルでの不参客の20%減少、年間の健康訪問の15%増加に成功している。他にも医療費削減にも成功している。

Clover Health

クローバーヘルスは2013年に設立され、2021年1月の時点では11の州で展開している。同社は医療データを有効活用することで、医師の診察・診断をサポートし、患者の重症化を防ぐことで医療費を削減している。この企業が医療機関向けに取り組む「Clover Assistant」について詳しく説明する。

・蓄積データから医師の診断をサポートするソフト「Clover Assistant」で、医療費削減と重症化予防が可能に

Clover Assistantは電子カルテに記録されている、患者の病歴、服用中の薬、健康状態などを集約し、機械学習を利用することで患者ごとの最適な治療を提案する。Clover Assistantは患者の過去のデータや現在の症状から症状の疑いや可能性などを医師に提示し、それをもとに医師は患者にヒアリングすることでより正確な診断をすることを可能とする。また、医師が気づくことがなかった病気の早期発見にも繋がることがあり、医療費の支払いを抑えることができる。このサービスは患者と医師の両方にとって良いサービスとなっている。

Anthem (Elevance Health)

Anthemはアメリカ大手保険会社で1946年に設立した、現在ではグループ会社を含めて4600万人にサービスを提供している。Anthemは大手保険会社の中では積極的にデジタルヘルスに取り組んでいる。

・コロナ禍のニーズに即した「Sydney Health App」

Sydney Health Appは個人医療データを確認、遠隔医療を受診することができるアプリであり、2020年時点で26万ダウンロードされている。アプリの具体的な内容として、これまでの医療施設の利用歴や保険の利用料と残りの利用可能額を確認することができる。また最近ではコロナ対策が進んでおり、アプリを通して「COVID-19 Symptom checker」を利用することができる。これはバーチャル上で医師と繋がって、検査場等の情報を提供してくれる。

・データ分析の利活用でコロナの地域別での流行度が予測可能に
Anthemは自社が持つ医療ネットワークを用いて国や私立の機関、また4000もの病院からCOVID-19のデータを蓄積する。蓄積したデータの機械学習によって現在の地域ごとの感染率やリスクスコアを推定するだけでなく、将来予測も実施している。

日本の保険会社が取り組むデジタルヘルス

東京海上グループ、疾患の早期発見/重症化予防を軸足に展開

東京海上グループはこれまで疾患の早期発見と重症化予防に軸足をおいてデジタルヘルスに取り組んでおり、主に糖尿病と認知症の二つの領域で展開している。

・AI健康アプリ等を用いて糖尿病治療支援の提供へ

2022年8月5日、糖尿病治療支援保険を開発したことを発表した。保険の中身としてリンクアンドコミュニケーション社のアプリが提供される。食事や運動を登録するだけで専門家からアドバイスがもらえるAI健康アプリ。パーソナルAIコーチ「カロママ」が、毎日のライフログにアドバイスする。アプリを通じて日々の健康管理や糖尿病の重症化を予防することが可能となる。

・AIスタートアップとのオープンイノベーションで、認知症の早期発見/予防に取り組む
2021年11月にブレインヘルスケア領域の医療AIを提供するスタートアップのSplink社と資本業務提携を行ったことを発表した。東京海上グループはSplink社と認知症の早期発見・予防のためのソリューションを共同で研究・開発していくことを宣言している。現在開発中のプロジェクトであるが、今後AIを用いて認知症ソリューションが提供されると考えられる。

このように東京海上グループは他社の先端技術を取り入れ、デジタルヘルスに積極的に取り組んでいる。その他にもVCのWiLと提携し、ヘルスケア分野などで新規事業創出に向けた人材育成に取り組むなど今後の展開に注目である

住友生命、「Vitality」アプリを通じて日々の健康増進体験を促進する

2018年から住友生命で開始された健康増進プログラムである。これまでのリスクに備える保険会社から備えるだけでなく、リスクを減らすことを目指して考案された。プログラム参加者は所定のステップに沿って行動することで、最終的にスポーツ用品、都県、食品などのリワードを得ることができる。

Vitalityの顧客体験

1.健康状態を把握する
・会員ポータルで食生活/生活習慣に関する質問に答える
・健康診断を受けて、 会員ポータルに記入する
・がん検診、予防接種、歯科検診等を受ける
2.健康状態を改善する
・ウェアラブルデバイスやスマートフォンを活用しながら歩数、心拍数をカウントし会員ポータルにアップロード
・フィットネスジムの所定の手続きを実施する
・(マラソン等の)イベントに参加する
3.リワードを受け取る

アクサ生命、「Emma by アクサ」アプリでサービスの利便性向上

アクサ生命は「Emma by アクサ」を通じてデジタルヘルスの文脈では以下の2つのことを可能である。

・アクサの脳トレ
脳の健康をサポートする、自分の脳年齢をチェックできる
・アクサメディカルアシスタンスサービス
24時間電話健康相談サービスやセカンドオピニオンサービスを利用できる

他にも「健康経営アクサ式」という健康経営プログラムに従事しており、栄養、睡眠、運動等の生活習慣の行動変容をサポートするデジタルツールも提供する。

アクサ生命はデジタル面では顧客保険プランの提案・営業やニーズの抽出のためにDXを推進しているが、デジタルヘルスの文脈ではまだ発展途上であり、今後「Emma by アクサ」上でサービスを増やしていくのではないかと考えられる。

日本の保険会社のデジタルヘルスの取り組みは発展途上である

上記のように日米での保険会社のヘルスケアプログラムの取り組みをリストアップをしてきたが、両国とも保険会社が以前よりもこうしたデジタルヘルスの取り組みに積極的になってきているのは共通している。

ただし、国内の保険会社におけるヘルスケアサービスの取り組みは、あくまでも有償サービスとして、サービス利用時の費用を利用者に負担してもらう形式を取っている。またサービスの内容も予防・健康維持増進にフォーカスを当てたものが多く、いわゆるメディカル領域に力を入れている企業は少ない。

一方で、アメリカの保険会社での疾患管理などの取り組みは、利用者の疾患管理効果のエビデンス構築や、医療機関での治療費の最適化に踏み込んだ取り組みが多い上で、それらのサービスは保険商品の中に組み込まれていることが多い。

保険会社のヘルスケアプログラムの取り組みの差の背景には、医療保険制度の構造の違いがある

なぜそのような差が日米で生まれてしまっているのか?そこには日米の医療保険に関する構造的な差が大きく問題として横たわっている。

日本の場合、国が主体となって国民皆保険を運営しており、医療保険の負担は国保、協会けんぽ、健康保険組合や国・自治体がその負担の大きな主体となっている。一方で、アメリカの場合はもちろん公的医療保険制度はあるものの、その対象は限定的であり、大多数は勤務先などが加入する民間医療保険に加入する必要がある。

そのため、アメリカでの医療保険制度の主体は民間保険会社が担っているため、民間保険会社のヘルスケアプログラムの取り組みは、医療機関受診の際に発生する医療費の支払いにダイレクトに反映されることになる。

日本の場合、民間の保険会社が負担する医療費はあくまでも「何かあった時の医療費負担の補填」という立ち位置であるため、日常の医療費に対する取り組みは少ない。また保険会社にとってもそうした領域に進出していくビジネス的メリットもそこまで大きくないだろう。

今後も国内の保険会社のデジタルヘルス / ヘルスケアプログラムに関する取り組みは、少しずつ進んでいくかもしれないが、アメリカの市場のような状態になることは考えにくい。唯一変革の可能性があるのは、高額医療費制度の制度変更が起こった場合だ。その場合は保険xヘルスケアの市場に大きな変化点が発生する可能性がある。

日本で、保険会社向けのヘルスケアサービス事業を検討する際は、医療保険制度の変化に着目してビジネス検討を進めていくのが良いのではないだろうか。

Healthtech DB編集部です。Healthtech DBは国内のヘルステック領域に特化したビジネスDBです。日々のヘルステック業界の動向に関する記事作成やウェビナー運営、企業・サービスに関するビジネスDBの構築を行っています。