これまで医療ヘルスケアの共創プラットフォームとして、様々な情報を発信してきた「Healthtech DB」。今回インタビューにお答えいただけるのは、健康保険組合をクライアントに健康づくり支援を行う、株式会社PREVENT代表取締役の萩原悠太さんです。
病気と付き合いながら健やかに生きていくための支援
―はじめにPREVENTの事業について教えてください。
私たちは現在、「Myscope」と「Mystar」という2つのプロダクトを展開しています。
「Myscope」は企業の健康保険組合を対象としたデータ解析のサービスです。具体的にはレセプトや健診データを分析し、生活習慣病を罹患している方への重症化予防事業を提案しています。この健康保険組合に加入する人たちにはどのようなリスクがあって、それに該当する人がどれくらいいて、どんな人たちに何を勧めていくべきかをソリューションとして提供する形です。
もう一つの「Mystar」は、いわゆるディジーズマネジメントプログラムの一種で、解析を通じてピックアップされた方へ6か月の健康づくり支援を行っています。弊社には医療専門職が40数名おりますので、その人たちが一人ひとりについて、モバイルアプリを介した運動支援や栄養支援を行っています。
―2つのプロダクトがあるというのはわりと珍しいですよね。
そうなんです、「スタートアップなのにワンプロダクトじゃないのか」と思われることもあるのですが(笑)。片方をやっている企業なら他にもありますし、双方を一気通貫でやっていることが業界的にも特徴になっているのかなと感じています。
―健康づくり支援では具体的にはどのような人たちが対象になっているのでしょうか?
現時点では生活習慣病の中でも高血圧症、脂質異常症、糖尿病、脳血管疾患、虚血性心疾患の5つを対象にしています。このいずれかの疾患を抱えている方について、レセプトや健診情報からリスクを判定し、一定以上のリスクがある人たちへそれぞれの是正課題に合わせた生活習慣へ介入しています。
例えば血圧が高い方でも塩分を減らす指導をする人もいれば、睡眠習慣に課題がある人には改善できるようアドバイスしたりもします。その方にとって最適な飲酒量や肥満度合い、栄養バランスの偏りなどにも着目し、専門的見地からアドバイスを行っています。
―少なくとも国内ではディジーズマネジメントプログラムという発想の浸透自体がこれからのように感じます。
確かにそうですね。ヘルスケアサービスというと、今はまだ未病や予防といった切り口を想像する人が多いように感じます。
もちろんそれも重要なのですが、病気を持った人が健康になりたいと思った時に、病気と付き合いながら健やかに生きていくためのサービスがまだ少ない。病気にかかったらおしまい、なのではなく、病気を持った人に対しても健康づくり支援をしていこうという立ち位置です。
医療系専門職というバックグラウンドを生かして
―ところでPREVENTさんは名古屋に会社があるというのも一つの特徴のように感じます。
元々私たちが名古屋大学医学部発のスタートアップ企業だからなのですが、確かに珍しいかもしれません。都内の方が人材豊富なのではないかなどと思うこともありますが、ここまで地に足をつけて運営ができているのはこの場所だからこそとも感じています。
“いけいけどんどん”で突き進んだ挙げ句、「とりあえずこれで」といったプロダクトアウトに行き着いてしまう可能性もある。でも、私たちはそうではなくて、健康に対する倫理観だったり命の大切さだったりを重んじた上で、ちゃんとしたものを出していこうと考えているんです。
―そういった倫理観が根付いている点と、先ほど仰っていた「40数名の医療系専門職がいる」という話には、何か繋がりを感じますね。
確かに70数名の社員の内、約半数が何かしらの医療系国家資格を持った専門職ですからね。プロフェッショナルの集まりだと自負しています。データやエビデンスを重視する世界で生きてきて、そこが慎重さに繋がってしまうことも無くはないですが、それで良かったのかなと。もしいけいけどんどんでやっていたら質が崩れていたことは目に見えていますし、私自身はこの環境に感謝しています。
―萩原さんご自身も医学部ご出身ですよね?ご経歴について改めて教えていただけますか?
私自身は名古屋大学の心臓リハビリテーションを専門として、修士まで進みました。その時点では予防医療の研究者になろうと思っていて、数年間臨床に出た後は博士を取るために大学へ戻ろうと考えていたんです。
就職は大阪にある急性期病院を選びました。回復期病棟を持っていないところだったので、無事に退院するまでを見送るのが自分たちのゴールだったのですが、そうすると結局、半年後には病院に戻ってきてしまうケースも珍しくなくて。と言うのも、病院にいる間はしっかり目が届くのですが、それってたった数か月の話ですよね。いざ退院して新しい生活習慣で暮らせるかと言ったら、なかなか難しいのが現実なわけです。その時に、「日常生活に戻った後の支援をしないと、根本解決にはならない」ということを強く感じました。
―そうしたもどかしさみたいなところが契機で、起業に行き着いたのですね。
そうですね、それともう一つには「論文で発表されたことが社会実装されていない」という現実も目の当たりにしました。つまり、どんなに研究が進んでも世の中には届いていっていないわけです。
幸い自分の周りだけでも優秀な研究者というのはたくさんいましたから、そこは自分がやらなくても進むなと感じました。であれば、自分は社会実装していく側、研究で明らかになったことを世の中に届けていく側を担おうと決意したんです。
「当たるサービスをつくろう」ではなく「これをやりたい」
―創業当時にやろうと思っていたことは、ここまでぶれずに来られているのでしょうか?
基本的なコンセプトの部分、「一病息災」というところはぶらすことなく来られているように感じます。創業時から私の中には「無病息災も重要だけれども、病気になったらゲームオーバーなのではなく、その人たちにも何かしらのサービスを提供することで、健やかに暮らしていけるようサポートしたい」という思いがあります。その思いをどうサービスに落とし込むかについては試行錯誤がありましたが、軸は今もずれていないなと。
―そこをぶらすことなく来られたのは…
「当たるサービスをつくろう」っていう発想ではなく、「これをやりたい」を貫いたからですね。真似してはいけないかもしれませんが(笑)
―それでマネタイズできているというのは素晴らしいことですね!
幸い周りにはそう言っていただくのですが、自分自身はまだ「マネタイズがうまくいった」というところまで辿り着いていないと思っています。有難いことにクライアントは増えてきて、売り上げも伸びてはいますが、あくまでまだ投資フェーズ。利益フェーズはこれからという認識です。
―それでも成功の兆しが見えてきているのは、どこが要因だと捉えていますか?
ソリューションが尖っている点が功を奏したかなと考えています。事業を進める中で、特定保健指導はできないのかとか、to Cサービスはやらないのかとか聞かれることもあるのですが、少なくとも現時点では「疾病既往者向け、健康保険組合向けだけをやります」と。
多くの企業が選ばない小さなマーケットを取りに行くことで、仮に他の会社さんが入っている組織、団体にも話を聞いてもらうことができています。やる順番と言いますか、ある部分では「やらない決断」をしたことが戦略としては良かったのかなと感じているんです。
数千人規模から数万人規模へ広げてこその“社会実装”
―さて、今後の医療業界についてはどのように見られていますか?
医療費適正化の波は、今後のトレンドになってくるだろうと見ています。そして、自社含めそこにコミットするサービスも出てきていますが、よりアウトカムベースになってくるだろうなと。実際に効果を出せているサービスだけが残っていくだろうと予測しています。
それとアウトカムの軸というところに着眼すると、「ウェルビーイング」言わば感情的な満足が評価軸として強くなっていくのではないかというのも感じつつあります。これまでは身体的な健康が測られてきたわけですが、もっと見えにくいところが重要になってくるのではないかなと…。医療費適正化の波は、今後のトレンドになってくるだろうと見ています。そして、自社含めそこにコミットするサービスも出てきていますが、よりアウトカムベースになってくるだろうなと。実際に効果を出せているサービスだけが残っていくだろうと予測しています。
それとアウトカムの軸というところに着眼すると、「ウェルビーイング」言わば感情的な満足が評価軸として強くなっていくのではないかというのも感じつつあります。これまでは身体的な健康が測られてきたわけですが、もっと見えにくいところが重要になってくるのではないかなと…。
―そうしたトレンドや流れみたいなものは、どこからキャッチしているのでしょうか?
科学を社会実装する立場として、アカデミアの世界、研究トレンドは常にウォッチしているつもりです。するとここ数年、発症・死亡といったアウトカムに限らず、もう少しQOLに寄ったものが評価されつつあると感じています。こうしたデータが揃ってくると、サービスの評価軸にも反映されてくるでしょうし、それに乗じて周囲の関心度合いも高くなっていく。だからこそ私も注目している最中なんです。
―ずばり、PREVENTさんにとっての追い風は期待できそうですか?
そうですね、もちろん先は読めないですが、社会保障制度という私たちのフィールドを考えた時に、これが正常に機能するためには国の収入が上がるか、支出が減るかの二択しかない。前者、すなわち収入が飛躍的に伸びるということが考えにくいとなった時、私たちは支出を減らしていくしかないわけです。その方法は制度の内容だったり価格だったりを変えていくことになると思うのですが、今後どう出るかがポイントですよね。それに合わせて、周辺領域も動いていくのではないかと注視しています。
―今後の目標についてはどのように考えていますか?
まずは「Mystar」の利用者を増やして、一病息災を推進していくこと。今は年間数千人という規模ですが、これをいかに数万人にしていくか。結局そのくらいに広げていかないと、社会に価値が行き渡るまでに実装できたとは言い難いためです。
そのためにはサービスの提供のあり方、例えば健康保険組合の加入者以外にも使ってもらえるフローを模索したり、あとは対象疾患もいずれ増やしたりといったことも考えていきたいと思っています。
―では最後に、同じように健康保険関連のサービス実装をめざすスタートアップに向けてメッセージをお願いします。
健康やヘルスケアに関わるサービス全般に言えることなのですが、この業界では「いかにちゃんとしたものを出すか」が重要だと思っています。ちゃんと、と言うと言葉が平たいですが、研究やエビデンスを揃え、社会的に正しいのかの実証をした上でプロダクトを出していくことです。
仮に短期的には「とりあえず」でごまかせたとしても、いずれ生き残っていけない時代がやってくる。そうした目線を持って事業をする人間が増えることで、市場全体が「正しいものを残していく風土」になると思いますし、それが市場の質を担保することにも繋がっていくと期待しています。