メディカルツーリズム(医療ツーリズム)とは何か?
メディカルツーリズム(医療ツーリズム)とは、治療や手術、検診などの医療サービスを目的にした観光のことです。
安価に受けられる手術や、反対に高度な医療技術や臓器移植・性転換手術などの自国では受けることのできない医療などを求めて、先進国の患者や途上国の富裕層患者が他国へ渡航するものがメディカルツーリズムの中心です。目的によって以下のように3つに分類できる。
①臓器移植やがん治療のような治療
②人間ドックのような検診
③美容エステやスパのような美容・健康増進
患者は一般の旅行者よりも長く国に滞在するだけでなく、見舞客の訪問なども期待されるため、メディカルツーリズムを産業として促進する国もあります。
メディカルツーリズムの始まり
もともとは高額な医療費や保険料に悩む米国の国民が、安価な医療設備が整っている南米などへ医療サービスを目的に渡航することから90年代の半ばに始まった動きが発端とされています。
その後、旧欧米植民地(英語圏)が多くコストが低いという理由で、アジア地域において盛んとなりました。
さらに、1997年のアジア通貨危機によってアジア諸国が官民合わせて力を入れ始めたこと、2001年の米国多発テロの影響で中東から米国への入国が厳格化されたことも後押しして、現在主流であるアジアのメディカルツーリズムの礎ができました。
海外のメディカルツーリズムの事例
ここでは、メディカルツーリズムが盛んな国として著名なシンガポール、およびタイのメディカルツーリズムについて説明します。
画像出典:https://researchmap.jp/0310/published_papers/1403282/attachment_file.pdf
シンガポール
シンガポールではメディカルツーリズムが、持続的な発展の維持に必要不可欠な重点産業として国策で推進されており、世界規模で患者が集められてます。
2003年にSingapore Medicineという複合機関が設立され、シンガポール保健省の指導のもとで世界水準の医療技術や医療設備を整え、主要医療拠点としてのシンガポールの地位を確立してきました。
シンガポール政府は国内に世界有数のバイオポリスを設けて世界中からバイオ集めるなど、自国を世界有数の医療ハブとして位置付けるための方策を打ち出してきました。これにより、例えば癌治療の先進的治療など,周辺国にはない優位性を確立したことが大きな特徴と言えます。
2010 年には医療目的でシンガポールを訪問する旅行者の数は70万人を記録し、その旅行客による消費額は約752億円相当でした。この額は2009 年の消費額総額のおよそ30%であり,メディカルツーリズムの産業としての重要性が見てとれます。
(参照:http://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/398.pdf)
シンガポールの代表的な私立医療機関として、ラッフルズメディカルグループが挙げられます。ラッフルズでは、医療ツーリズムを主要な事業の一つとして位置づけており、院内にラッフルズ国際患者センターが開設されています。
ラッフルズ国際患者センターがを用いると、病院での医療サービスのみならず、航空券やホテルの手配、通訳者の紹介などの多岐にわたるサービスが提供されています。
このように、医療機関におけるサービスに止まらない包括的なツアーを手配できるサービスが整っていることは各省庁間で横断的な連携を行なっているシンガポールの特徴と言えるでしょう。
タイ
タイは今日のメディカルツーリズムの発祥国とも呼ばれており、民間病院を中心にメディカルツーリズムが急成長を遂げています。
タイは、先日した1997年のアジア通貨危機において自国通貨の価値が大幅に暴落したため、多くの市立病院が海外からの患者獲得に力を入れはじめました。こうした民間での動きを受けて、国による支援も行われるようになりました。
2004年には、①高度な医療サービス②スパや古式マッサージなどの美容健康サー ビス③タイのハーブ製品の推進を3つの主要分野として、タイをアジアの医療拠点として押し出す5カ年政策が出されました。
また、タイの主要民間病院のサービスやツアーパッケージに関する情報がタイ政府観光庁によって海外へ提供されていたり、タイの私立病院とタイ政府観光庁の連携のもとで、世界各国で医療ツーリズムの展示会や説明会が開催されていたりといった国による推進が行われていることも特徴的です。
その他のタイのメディカルツーリズムにおける強みとしては、ビーチリゾートなどの観光資源や美容整形手術や性転換手術などの特定の領域における長年の蓄積が存在することが挙げられます。
反対に、タイの抱える問題点としては、近年民主化された国であることから、度々政情不安が起こる点などが挙げられます。また、タイでは法整備が十分でないため、万が一医療過誤が起こった場合に訴訟が成立する可能性は低く、ある程度のリスクが存在することは知っておかなければならないでしょう。
タイにおける代表的な医療グループとしては、バンコクドゥシットメディカルサービシズ(Bangkok Dusit Medical Services)であり、このグループにもラッフルズ同様バンコク国際病院という外国人患者に特化した病院が存在します。この病院では、26言語で受信可能な体制が整備されています。
また、このグループは日本人顧客の獲得にも大きな関心を寄せており、日本の病院と提携を行うことで日本患者の囲い込みを狙っていることも伺い知れます。
メディカルツーリズムの推進にあたって
これまでにメディカルツーリズム先進国と言われる2つの国について調査しました。その中で見えてきたポイントをまとめておきたいと思います。
国の協力
1つ目に、国の協力が挙げられます。両国ともに国の保健や観光を担う省庁が中心となって、業界横断的にメディカルツーリズムを推進してきました。
そのため、医療サービスだけでなくフライトやホテルの予約、国の観光地の紹介などといったサービスがまとめて一つのパッケージとして提供されているという特徴があります。
その他にもタイではメディカルツーリズムでの滞在客には簡易な手続きのみで非移民ビザが取得できる優遇ビザが適応されるなどといった施策も行われています。
このように、国策としての国の協力があることはこれらの国のメディカルツーリズムの大きな強みとなっていると考えられます。
医療での強み
2つ目として、どの領域を強みとするのかがはっきりとしている点が挙げられます。
シンガポールはがん治療などの周辺諸国にはない先進的な治療サービスを発展させていることが独自の強みとなっていることで、比較的医療費が高い国であるにも関わらず多くの患者が訪れています。
一方で、タイにもまた美容整形手術や性転換手術といった独自の強みを持った分野が存在しており、特に美容整形の領域は富裕層のニーズも高いと考えられるため、メディカルツーリズムが大きな市場となっています。
これらのように、治療、検診、美容においてどの領域に強みを持っているのかという点も重要となってきます。
観光資源
3つ目に、観光資源の重要性が挙げられます。特にタイにはアユタヤなどの歴史的文化遺産やプーケットなどのビーチリゾートが豊富に存在しているため、ある程度長期の滞在でも楽しめるという強みがあります。
日本のメディカルツーリズムの現状と課題
日本は海外から「医療鎖国」と言われるほどメディカルツーリズムが進んでいませんでしたが、2007年1月に「観光立国推進基本法」が施行され、同年6月に「観光立国推進基本計画」が閣議決定されたことから少しずつメディカルツーリズムが脚光を浴びるようになりました。
この観光立国推進の行政庁として2008年10月に「観光庁」が設置され、日本のインバウンド推進の動きが本格化しました。この流れの中で、メディカルツーリズムに対する取組みも本格化していき、厚労省、経産省、環境庁などでプロジェクトが始動しました。
国の支援の不足
他国では各省庁が共同でメディカルツーリズムを推進する動きがある一方で、日本では経済産業省と厚生労働省の足並みが揃っていないことが一つの壁となっています。
経済産業省はメディカルツーリズムを「医療インバウンド」として位置づけ、インバウンド中に受診する外国人と明確に区別をしています。そして、日本の地域医療向上の原動力になるとして、メディカルツーリズムを推進する姿勢を取っています。
具体的には、一般社団法人「メディカル・エクセレンス・ジャパン」による医療ツーリズム受入れ医療機関の認証事業と、認証された病院リストの海外への発信業務を支援しています。
その一方で、厚生労働省は「未来投資戦略2017」の「外国人患者受入れに関する環境整備」に盛り込まれた通り、メディカルツーリズムとインバウンドの外国人向けの医療サービスとの間で区別はしないというスタンスを取っています。
そのために、経済産業省とは違った認証制度で外国人向けのサービスを行なっている医療機関を登録しており、省庁間の横断的なサービス設計は行われていないという現状です。
パブリックアクセプタンス形成
もう一つの課題として、国民全体の医療制度が産業ではなく、国の税金でまかなっている社会保障制度であるという認識も挙げられます。
この認識のため、他国では医療機関が主体となって行う営利事業とされるメディカルツーリズムを受け入れ難い国民性であるということができます。
まとめ
以上見てきた日本のメディカルツーリズムについて振り返ると、周辺諸国と比較すると決して物価が低いとは言えず、安価な医療費を目的とした渡航は考えにくいものの、観光資源や医療技術にはそれぞれ独自のものがあり、決して他国に劣っていると言い切ることはできません。
一方で、省庁間の連携がうまくなされていないこと、国民皆保険制度という独自の制度が成立しているがゆえに営利事業と医療が組み合わせられ難いという国民性の問題などが浮かび上がってきました。
しかしながら、観光庁の「訪日外国人旅行者の医療に関する実態調査」によると、2018年末時点では全都道府県で1608機関において外国人の診療が行われているとされています。
また、確かに医療のリソースを消費するという考えはあるものの、メディカルツーリズムを推進することで日本の地域医療向上の動きが促進されると考えることもできるため、メディカルツーリズムの推進の是非についてより深く検討していく必要があると考えられます。