日本市場でマインドフルネスが流行る余地はあるか?
現在日本において5人に1人は何かしらの精神的な不調を持ち、メンタルヘルスに関する症例も新型コロナウイルスの影響によって2倍以上に増加している。(注1)
しかしながら、日本では「精神的な不調を持つこと」「治療を受けること」に対してネガティブなイメージを持つ人が多い。一方でアメリカを始めとした海外では自身の精神疾患に対してオープンな人が多く、カウンセリングを利用することは日常的なケースが多い。
特に「マインドフルネス」はアメリカで30年ほど前から流行しており、現在では文化として根づき始めている。世界市場規模は2020年に375百万ドルを記録し、2023年以降年平均成長率40%強で推移、2025年には2240百万ドルに上ると予想されている。特に瞑想アプリ市場は著しい成長を見せている。(注2)
日本では「マインドフルネス」はそこまで浸透しているとは考えづらい状況にある。そのため日本でもこれからマインドフルネスサービスが流行る余地はまだ残されているように考えられる。
本記事では日常生活・ビジネスにおける「マインドフルネス」をアメリカと比較しながら、「マインドフルネス」に関するサービスを紹介し、日本における今後の展望を考察する。
注1. https://www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/tackling-the-mental-health-impact-of-the-covid-19-crisis-an-integrated-whole-of-society-response-0ccafa0b/
注2. https://bdsa.com/wp-content/uploads/2019/04/BDS-Analytics_The-CBD-Effect_4-30-19.pdf
マインドフルネスとは何か?
マインドフルネスとは心を"今”に向けた状態を指す。過去や未来に対する不安を持つのではなく、今起きていることに対して意識を向けることでストレス軽減やパフォーマンスの向上が期待される。
本来マインドフルネスは仏教のsati(サティ)を起源とした考え方であるが、現在流行しているマインドフルネスはジョン・カバットジン博士が提唱したマインドフルネスストレス低減法(MBSR)から世俗的に発展したものである。独自の進化を遂げたマインドフルネスは、以下のように分類することができる
- 仏教系マインドフルネス
アメリカで発展したマインドフルネスとは異なり、ベトナム人仏教指導者であるティク・ナット・ハンの教えを実践する。仏教修行的な意味合いが強い。 - 医療・福祉系マインドフルネス
マインドフルネス・ストレス低減療法、マインドフルネス認知行動療法などの緩和ケア・ホスピス。医療的な治療として確立されているもの。 - ビジネス系マインドフルネス
マインドフルネスに基づく企業の経営や社員研修方法、リーダーシップの育て方など。 - 運動系マインドフルネス
ヨガやストレッチングなどのアクティビティーを通して心を今に向けること。 - 日常生活系マインドフルネス
しつけや育児、食事の仕方、コミュニケーションの仕方、学校教育など日常における「マインドフルネス」という思想の導入。(藤田一照(2014)『<特集論文:日本における“マインドフルネス”の 展望>「日本のマインドフルネス」へ向かって』 人間福祉学研究7, (1) 参照)
特にこの中でも日本で広がりを見せている、ビジネス系マインドフルネス、運動系マインドフルネスに注目したい。
参考文献
https://www.mindful.org/what-is-mindfulness/
https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_699.html
https://www.proquest.com/openview/fef538e3ed2210c1201ef2a946faed43/1?pq-origsite=gscholar&cbl=29080
https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845762730858112
ビジネスにおけるマインドフルネス
Google社が導入したことから話題となり、現在では多くの会社が自社社員のパフォーマンス向上のためマインドフルネスを導入している。
その中でもGoogle社が開発したSearch Inside Yourself (SIY)はプログラムはマインドフルネス、神経科学、エモーショナルインテリジェンスを融合したプログラムであり、集中力やリーダーシップスキルの向上を達成することができる。このプログラムは現在日本でも1ヶ月ほどのプログラムで受講することができる。
日本企業でもsansanやメルカリといった会社でマインドフルネスの導入は始まっている。また、企業向けのマインドフルネスプログラムを提供する会社も増えている。
Mindful Leadership Institute
企業向けにGoogle社が開発したSIYプログラムや、マインドフルネスを活用したコーチングプログラムなどの講座を提供している。社員のリーダーシップ育成及びマネジメントのアップグレードを目的としている。
運営企業
一般社団法人 マインドフルリーダーシップインスティテュート
2013年に設立し、「リーダーシップと組織開発のために日本でいち早くマインドフルネスを導入し、個人・組織・社会すべての健全な共存と繁栄をもたらすためのサポートを行う」ことを目的としている。そのための研修やセミナー、出版、コミュニティーの醸成などを事業としている。
SELENE
法人向けマインドフルネスVRサービス。定期的な実施をサポートを受けながら、簡単にVRを用いた瞑想体験ができる。また、スマートフォンでストレスを可視化することでのマネジメント強化も行える。
運営企業
株式会社ビーライズ
2012年に設立し、「明日を変えよう。」をスローガンにXRを用いたデジタルトランスフォーメーションを展開している。主な事業として、バーチャルイベントの主催、医療・ヘルスケア XR事業、デジタルコンテンツ開発事業などを行っている。
このようにビジネスにおいては精神疾患を治すためというよりも、社員の力を引き出すためにマインドフルネスを取り入れる事例が多い。
参考文献
https://siyli.org/welcome-to-siy-japan/
https://doors.nikkei.com/atcl/feature/19/033000069/040100001/
運動系マインドフルネス(瞑想)
各個人が日常的に取り入れやすいのが瞑想に代表される運動系マインドフルネスである。大手サービスのHeadspaceがNetflixにてコンテンツを公開するなどサービスの広がりを見せている。アメリカを中心とした海外で「マインドフルネス」や「ウェルビーイング」といった言葉を普及させたのはこういったサービスだ。アメリカでは14.3%、約7人に1人(2017年時点、注3)が瞑想に関するサービスを利用している。近年は日本でもヨガや禅などのアクティビティーを通した様々な瞑想サービスが展開され、より手軽に始めることができる。
注3:https://www.cdc.gov/nchs/pressroom/nchs_press_releases/2018/201811_Yoga_Meditation.htm
以下のサービスがその例である。
MELON
オフライン・オンライン双方でインストラクターによるマインドフルネスプログラムを展開する。サロンではマインドフルネスを通したコミュニティーの形成も促している。オンラインは月額3500円、オフラインは一回3300円から受講することができる。
運営企業
株式会社Melonは2019年に設立し、科学的アプローチに基づいたマインドフルネスプログラムの開発および運営を行っている。マインドフルネスの日本での普及をミッションとしている。
True Nature Meditation
ニューヨーク生まれの瞑想プログラムを行うことができる瞑想スクール。国際的瞑想教育プラットフォームDhamra Moonと連携しており、「マインドフルネス」からその最上位であり、自分と周囲を配慮することのできる「コンパッション」の状態まで学ぶことができる。スタジオでの瞑想体験及びにオンラインでのプログラムも展開している。
運営企業
True Nature Meditation合同会社は、「健全で安心な瞑想を日本に広げる」をミッションとしている瞑想スクールである。そのほかにも書籍の翻訳や指導者の育成も行なっている。
coral
「おうちでととのえるマインドフルネス瞑想アプリ」。3分・5分の短時間で睡眠サポートや集中力向上、ストレスの緩和などを通して「ととのえる体験」を行うことができる。
運営会社
株式会社ハバナは2017年に設立された。主にインターネットサービス開発や「Coral」の企画・開発・運営を行なっている。
InTrip
毎朝1分間からの座禅・脳応用神経科学のノウハウが反映されたプログラムを通して心をととのえることができる。禅を通して、「リラックス」し、自分の気持ちを切り替え「リセット」し、自分と向き合って「リアライズ」するサイクルを確立することができる。
運営会社
株式会社InTripは株式会社シンクロと株式会社on the tripが合同で2020年に設立した。禅・瞑想アプリ「InTrip」の運営を行なっている。
これらのサービスはビジネス系マインドフルネスと比べ、パフォーマンスの向上よりも各個人の身体をととのえることにフォーカスを当てている。睡眠の質・ストレスの改善など、多くの日本人が抱える悩みに対してアプローチすることができる。
今後の日本における「マインドフルネス」の展望
アメリカでは第二次世界大戦中・戦後にカウンセラーが軍のアセスメントや復員兵に対するカウンセリングを行なったことから、カウンセリングに対する馴染みが深い。また、大企業であるGoogle社がマインドフルネスを取り入れるなどしたことにより、「マインドフルネス」「ウェルビーイング」に対してよりポジティブに取り組むイメージが強い。
一方で日本では未だ「マインドフルネス」や「瞑想」に対して、何かの症状を改善するといったニュアンスを含んだネガティブな状態で取り組むイメージが強い。実際に本記事で紹介したサービスも「睡眠の質の向上」「ストレスの軽減」などマインドフルネスになることによる治療効果を押し出すものが多かった。
もちろん現代においてこういった悩みを持つ日本人が多いのは確かであり、ニーズも十分にあるはずだ。しかしながら、今の風潮ではこれらのサービスを利用していることをオープンに言うことは難しいのではないだろうか。流行につながるよう「話題」となるためには、人々がこういったサービスを利用していることを公言できるような環境が必要なのではないだろうか。
ここで注目したいのがZ世代による「ファッションとしての禅」である。禅をする事に対しておしゃれさを見出し、近年流行となっているサウナとの融合するなどしてファッションとしてマインドフルネスを取り入れている。サウナブームを通して「ととのえる」といったワードが普及した今、同様の感覚で瞑想などのサービスが流行することを期待したい。
1200年台に禅宗が日本に伝えられてから長きに渡って歴史や文化、芸術、思想の領域で禅の強く受けてきた日本だからこそ、実は瞑想も含めた禅の文化が再流行する土壌が整っているとも考えられる。
アメリカで発展したマインドフルネスを日本に「再輸入」するにあたって、In Tripのように日本に適応する形に再度仏教的要素を入れるなど、日本の歴史・文化・生活に対する文脈にうまく融合することができれば、日本でもマインドフルネスが生活に浸透する可能性は十分にあるだろう。
消費者としてもビジネスパーソンとしても一度マインドフルネスや日本の禅の文化に目を向けてみる良い機会ではないだろうか。
参考文献
https://www.the-melon.com/blog/blog/sauna-meditation-7748/