不妊への心配は実はとても割合が高い
2019年に日本では60,598人が生殖補助医療により誕生しており、これは全出生児(865,239人)の7.0%に当たり、約14.3人に1人の割合になっている。
全出生児に占める生殖補助医療による出生児の割合
出典:生殖補助医療による出生児数:公益社団法人日本産科婦人科学会「ARTデータブック(2019年)」、全出生児数:厚生労働省「令和元年(2019)人口動態統計(確定数)」
日本では、不妊を心配したことがある夫婦は35.0%で、夫婦全体の約2.9組に1組の割合になる。また、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は18.2%で、夫婦全体の約5.5組に1組の割合になっている。
このように、不妊治療は以前よりも普及してきているとはいえ、希望する人が誰でも安心して受けられる環境には未だなっていない。
その要因としては大きく分けて、①社会的要因、②経済的要因という2つの障害が存在していると考えられる。
政府支援や政策等
不妊治療が保険適用へ
経済的要因を解決すべく2020年5月29日に、2025年までの子育て支援の指針となる少子化社会対策大綱が閣議決定された。
その後、令和4年4月から、人工授精等の「一般不妊治療」、体外受精・顕微授精等の「生殖補助医療」について、保険適用されることとなった。
不妊治療と仕事の両立の難しさ
また、近年働きながら不妊治療を受ける労働者は増加傾向にあるが、不妊治療をしたことがある(または予定している)労働者の中で、「仕事と両立している(または両立を考えている)」とした人の割合は53.2%になっているが、「仕事との両立ができなかった(または両立できない)」とした人1の割合は34.7%となっている。
両立できない理由としては「仕事との両立ができなかった(または両立できない)」と回答した労働者は、どのような理由で両立できなかったのか。「精神面で負担が大きいため」「通院回数が多いため」「体調、体力面で負担が大きいため」が、上位3つの理由として挙げられている。
そこで政府は不妊治療と仕事の両立環境を整えるために、一般事業主行動計画策定指針が改正され、「不妊治療を受ける労働者に配慮した措置の実施」の項目を追加した。
両立支援等助成金に「不妊治療両立支援コース」を新設
両立支援等助成金とは、文字通り「家庭生活(子育てや介護等)と仕事の両立支援」のために活用可能な助成金である。2021年度からは「不妊治療両立支援コース」が新設され、「不妊治療に取り組みやすい職場環境作り」や「実際に不妊治療に取り組む労働者への休暇付与」を実施した場合に助成金が支給される。
不妊治療対する民間企業の取り組み
近年、不妊治療のスタートアップ企業が増えている
2022年に資金調達を実施した企業一覧
企業名 | サービス内容 |
---|---|
株式会社ARCH | 婦人科・不妊治療診療に関する独自の医療機関内システム 患者向け受診アプリ |
株式会社Deoseve | 「iPS細胞を分化誘導することで卵子を作成する技術」の事業化に向けて研究開発を行うバイオベンチャー |
株式会社ファミワン | 妊活・不妊治療に関する悩みを不妊症看護認定看護師を中心とした専門家チームに相談できるサービスの提供。また、企業(従業員向け)、自治体(住民向け)にも相談サービスやヘルスリテラシー向上のためのセミナーも実施している |
株式会社グレイスグループ | 卵子凍結サービス「Grace Bank(グレイスバンク)」を提供。厳選したクリニックの全国ネットワークと生体凍結保管施設での一括保管により、高度な技術で、凍結卵子保管料に初期費用無料のサブスクリプションプランを利用できる |
Varinos株式会社 | ゲノムテクノロジーを用いた遺伝学的検査を開発・臨床実装する |
株式会社ninpath | 不妊治療可視化アプリ |
vivola株式会社 | 不妊治療患者向けの治療データ分析アプリ |
2022年の各社の資金調達額
企業名 | 資金調達額 | 資金調達時期 |
---|---|---|
株式会社ARCH | 2.3億円 | 2022年10月 |
株式会社Deoseve | 4.0億円 | 2022年7月 |
株式会社ファミワン | 資金調達金額非公開 | 2022年4月 |
株式会社グレイスグループ | 2.8億円
| 2022年3月 |
1億円 | 2022年5月 | |
2.4億円 | 2022年9月 | |
Varinos株式会社 | 6億円 | 2022年7月 |
株式会社ninpath | 50万円 | 2022年12月 |
vivola株式会社 | 1.2億円
| 2022年7月 |
資金調達金額非公表 | 2022年8月 |
その他
NPO法人フォレシア
不妊治療と仕事の両立支援を行うNPO法人。不妊治療休暇制度導入支援や不妊治療・月経・PMS等の研修を実施している。
体外受精など、わかりやすいソリューションへの投資は進む一方
予防医学の方面はまだ未開拓である
不妊治療領域に取り組むスタートアップは増えているが、診断や新たな治療に関する企業については、すべての企業が投資家の関心を集めているわけではない。
直接不妊治療に関してではなく、不妊になる可能性のある疾患を予防、診断、治療するようなサービスが未だに少ない。例えば、子宮内膜症についてとりあげてみる。子宮内膜症は骨盤内の慢性的炎症であり、不妊の原因になりうる疾患である。
不妊治療領域への投資の多くは、卵子凍結や体外受精、不妊治療に関する相談や、不妊治療を行っている人への社会的支援など、すでに不妊治療をしようとしている、もしくはしている人にフォーカスをあてているものが多く、予防医学や家庭における診断への注目度は低い。予防医学に注目することによって、より早く治療を受けることができ、不妊治療の費用を節約できるだけでなく成功率を向上させることにもつながるはずだ。
しかしそのような市場はタブーテックと呼ばれることがあり、市場が十分に大きくないのが現実である。
不妊治療のこれから
妊活や不妊治療という言葉を耳にする機会は以前に比べてかなり多くなった。しかし、未だにどのような選択肢があるのか分からなかったり、適切な情報を得られなかったりして、悩みを抱えている人も多い。また、周囲の人もどのようにサポートしたらいいかわからないのだろう。
これから更なる女性の社会進出が増えることによって、高齢出産が進むことは間違いない。それにより、不妊治療を行う夫婦も増えてくる。
自分自身の経験をもとに事業を立ち上げ、同じ悩みがある夫婦の夫婦の力になりたいという民間企業が増えてきている。また、最近ではフェムテックというワードとともに、世の中の関心も高まってきている。
令和4年に不妊治療が保険適用され、政府が不妊治療の夫婦を支援する方向にしたことにより、今まで不妊治療を考えてなかった人たちの意識改革にも繋がった。
「働き方改革」を例にみてわかるように、民間企業や一人一人の意識ももちろん大切ではあるが、政府が政策をすることは国民の意識を変え環境を変える大きな力になる。不妊治療に関しても、さらなる政府の力が必要である。
妊活・不妊治療と仕事の両立実現により、少子高齢化の解決にも繋がり、日本社会自体がより良い方向に向かうことは間違いない。少し前までは難しかった、育児や介護と仕事の両立支援が進んできているように、これからは妊活や不妊治療と仕事の両立支援が「当たり前」の世の中になることを願う。それが子どもたちの明るい未来にも繋がるだろう。
参考文献
- 不妊治療の実態に関する調査研究:000766912.pdf (mhlw.go.jp)
- 不妊治療と仕事の両立ハンドブック(厚生労働省):30l.pdf (mhlw.go.jp)
- 不妊治療に関する取組:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/funin-01.html