手術において適量以上の麻酔の投与や生理痛に対する処方の多寡は患者にとって負担である。少ないことで痛みを感じる場合や、多すぎることで吐き気や頭痛などの副作用を引き起こす原因となっている。
痛みを客観的に測定することは、上記の課題を解決する上で重要である。本稿では現状痛みはどのように測定されており、今後測定されることで考えられ得る効果についてみていく。
近年ウェアラブルなどを用いた痛みを客観的に測定する研究が進んでいる
これまで痛みに関する研究はなされていたが、患者が医師の元でどれぐらい痛みを感じるかを口頭で説明するなどばらつきがあるものがほとんどであった。しかし、近年ではウェアラブルデバイスやアプリを介してシームレスに得たデータをもとに痛みを測定する研究が進んでいる。
これまでは0~10スケールに患者が答えるなどで痛みを測定していた
上記でも説明したように、これまで痛みの診断は医師が患者に下の写真のようなフォームを記入することによってなされていた。
このような診断の仕方には2つの欠点がある。
1.測定した痛みは断片的である
患者が感じる痛みは一定なものでなく、ピークやオフピークなどの波がある。そのため、患者がどのような周期でどれくらいの痛みを感じているかを測ることができない。
2.患者同士を比較することができない
他者と比較することができないため、ある疾患や症状に対してどれくらいの痛みを感じるかなど理解することができない。また、その痛みがどれくらい重症なのか判断しにくい。
デジタルバイオマーカーを用いた痛みの測定が研究されている
近年ではより痛みを客観的に測るためにデジタルバイオマーカーを活用している。デジタルバイオマーカーとは、デジタルを通して得た病気の有無やその状態を客観的に評価するための生理学的な指標である。
デジタルバイオマーカーと痛みの増減がどのように関連しているか研究が進んでいる。スマホアプリやウェアラブルデバイスを通して、日々のアンケート、動作データ、睡眠センサー、心拍数モニター、音声記録など、通常臨床の診察では得られない、あるいは医師の診察では十分に評価できない指標を収集し、これらが痛みの増減にどれだけ影響しているのかをモデル化する。
デジタルバイオマーカーについての詳しい説明や具体的事例については以下の2記事を見てもらいたい。
膨大な日常データを処理するためにいかにAIを活用するかが課題となっている
デジタルバイオマーカーは従来式よりもシームレスかつ客観的に痛みを測定できる可能性がある反面、まだ積極的に活用されるまでにはまだ課題が残っている。デバイスなどで収集されたデータは非常に膨大で粒状であるため、従来の手法で分析することは不可能であり、AIを活用したデータ分析が必要となっている。現在IBM社ははBoston Scientific社と協力して痛みをAIを用いて測定するプロジェクトを進めている。
痛みの数値化を進めることで将来的にさまざまな場面で活用できる
痛みを数値化することで、痛み止めなどの投与量を個人に最適化することができ、副作用や薬物依存を防ぐ。また、将来的には臨床試験などさまざまな場面で有効活用される思われる。ここでは、考えられる活用場面を複数紹介する。
手術時の痛みを数値化することで痛みや麻酔の量を調整できる
現状手術をする際にどれだけの痛みを感じている・感じることになるかを数値化することはできず、客観的に理解できない。しかし、痛みが数値化できれば医師は手術をすることによってどれだけの痛みを与えるかを事前に予想することが可能で、それに応じて手術方法の変更や麻酔の量を最適化することができる。
臨床試験の指標として用いられ、より患者に即した医療機器や薬品が開発される
現状創薬や医療機器の臨床試験は体内調査が中心で、患者の満足度や快適度は含まれていないことがある。これは患者による意見の全ては客観的ではなく、試験の指標として用いることができないためである。そのため、副作用がある薬や痛みを感じる医療機器も一定存在する。
デジタルバイオマーカーを活用して痛みを客観的に数値化することで、今後臨床試験の指標として用いられることが期待される。これらが活用されると、これまであった副作用などやそれに伴う痛みが減り、利用する患者の身体的・精神的負担も軽減されるだろう。
生理痛や慢性的な疼痛などの治療が個人に最適化される
生理痛や慢性的な疼痛に対して医師がより正確かつ個人に最適な量だけ処方できる。痛みを数値化し、それをAIなどを用いて分析することで、医師は、いつ、どれだけの鎮痛剤が必要かを知ることができ、偏った処方や過剰な処方、オピオイドへの依存を減らすことができる。
まとめ:痛みは客観的に測定できるのか?痛みの測定は何に活用できるのか?
痛みはまだ実践的には数値化することができないが、着実に測定するための研究が進んでいる。進める上では、まだ指標と痛みとの相関関係やその分析を可能とするAIの開発が必要である。また、痛みの測定は創薬や医療機器開発のための臨床試験の現場や患者個人の抱える問題を解消する。日本においても中外製薬が子宮内膜症の痛みの評価方法を研究しており今後の発展に期待である。