避けて通れない製薬マネタイズ - デジタルヘルス企業と取り組む製薬企業の新規事業事例

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避けて通れない製薬マネタイズ - デジタルヘルス企業と取り組む製薬企業の新規事業事例

国内製薬企業の新規事業としてのデジタルヘルスに関する取り組みは年々増えている

近年の国内製薬企業では、デジタルヘルスを活用した新規事業を立ち上げるケースが増加傾向にある。

例えば中外製薬では2020年に「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を発表。デジタルを活用した革新的な新薬創出を目指し、AIやデジタルバイオマーカーの活用を始めている。

アステラス製薬でも、2018年4月から医薬品の枠を超えたヘルスケアソリューションの開発を目指すプロジェクト「Rx+®︎」が開始。最先端技術を自社の医療技術に掛け合わせ、慢性疾患の重症化予防に使えるアプリ、身体・運動機能の代替たりえるデバイス、手術のナビゲーション技術などに活かそうとする取り組みである。

エーザイも、2021年度からデジタルヘルスに関連する中期経営計画を掲げている。「The People(患者を含む生活者全体)の “生ききる” を支える」ために、様々なデータに依拠した薬剤やデジタルツールなどのソリューションを生み出し、最適な方法で届けることを目指している。

一方で、ヘルスケア企業にとって製薬向け受託ビジネスは重要な収益源である

日本国内のヘルスケア企業が取り組む事業領域は実に多様であり、提携している企業も多岐にわたる。その中でも、製薬企業と共同で行う事業はITヘルスケア企業とって重要な売上源となっている。

PHRサービスのリーディングカンパニーであるWelbyを例に取ると、売上高のうち7割強が製薬企業からの依頼に基づくPHRプラットフォーム開発によるものとなっている。2022年7月には、Ubieも製薬企業向け事業の人員増強などを目的とした35億円の資金調達を行っており、製薬企業向けビジネスでの売上強化でさらなる企業成長を見据えていることを物語っている。

以下では、国内における製薬企業とヘルスケア企業が協業する形で取り組んでいる新規事業事例について具体事例を取り上げていく。

製薬企業が新規事業として取り組むデジタルヘルスにはどんな領域があるか?

このような新規事業には、どのような領域があるだろうか。

具体的によく取り組まれている疾患領域は、メンタルヘルス・認知症・糖尿病などであり、ソリューションとしてはPHR・治療用アプリなどが多い。

しかし、ここで押さえておきたいのが、Beyond the Pill の概念である。「デジタル技術を活用した製品・サービスそのものを新たな収益源とすることを目指す」という概念であり、「デジタル技術を活用して自社の医薬品の売上向上を目指す」ことを意味する Around the Pill と比較される。Beyond the Pill の最大の特徴は、自社が医薬品開発によって得てきた強みに外部企業などが持つ医薬品ビジネス以外の強みを掛け合わせることで新たな価値を生み出していることである。

したがって、デジタル技術を応用しやすい医療領域はいくつも存在するが、国内製薬企業各社はその中で「自社の強みが発揮されるのはどの領域か」ということを考慮し、新規事業として独自のデジタルヘルスの取り組みを打ち出している。

では、詳細を事例で確認していこう。

メンタルヘルス

大塚製薬:米クリック社とうつ病治療用アプリに関する取り組み

2019年1月、大塚製薬はクリック セラピューティクス・インクとの間で、うつ病に対する世界初のデジタル治療処方アプリの承認を目指してグローバルライセンス契約を締結したことを発表。クリック社は満たされていない医療ニーズを持つ患者に対し、臨床的に有用な医療用アプリケーションの開発・実用化で貢献する企業だ。同社が開発中であったDTx「CT-152」では独自の認知療法トレーニングを行うことができ、6週間のパイロット試験でうつ病の回復評価指標を有意に改善したという結果も得られていた。この契約により、大塚製薬は最重点領域の一つに掲げてきた精神疾患領域で、より包括的に取り組めることとなった[1]。

大塚製薬:ジョリーグッドとVRを活用した精神疾患治療プラットフォームを構築

2022年1月、大塚製薬は精神科領域におけるVRを用いたソーシャルスキルトレーニング(SST)のプラットフォーム構築について、ジョリーグッド社と共同開発・販売契約を締結したことを発表した。第一弾として、統合失調症患者の社会復帰を目指したSST VRコンテンツの開発に取り組む。ジョリーグッド社は、高精度なVRソリューションや、VR空間のユーザー行動のAI解析による医療福祉向けサービスなどを開発する企業だ。業務提携を通じて、メンタルヘルスの地域連携プラットフォームを確立し、さまざまな精神疾患を抱える患者の社会参加に貢献していくことを目指している[2]。

https://www.otsuka.co.jp/company/newsreleases/2022/20220127_1.html

大塚製薬:リンケージと法人向けの健康経営支援サービスを共同提供

2022年8月、大塚製薬はリンケージ社と中小企業の健康経営をサポートする共同事業を開始したことを発表した。リンケージは、予防医療テックで法人向けにオンライン診療などの健康支援プログラムを提供する企業だ。今回の共同事業は、7月から本格運用が開始されている大塚製薬の法人向け健康経営支援サービス「健康経営つながるサポート」の一環として位置付けられ、喫煙率低下・受動喫煙対策プログラムとともに、メンタルヘルスに関するプログラムとして「かかりつけ保健師 for LINE」を法人向けに提供する[3,4]。

田辺三菱製薬:京都大学・NCNPとうつ病治療アプリを共同開発

2020年9月、田辺三菱製薬は京都大学および国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が開発したうつ病の治療をめざしたスマートフォン用アプリケーション「こころアプリ」の臨床開発・販売に関する契約を締結したことを発表した。中枢神経領域を重点領域とする田辺三菱製薬が、2025年度までの実用化を目指し開発を進めることで、うつ病患者がより身近で簡便に認知行動療法を受けることができる環境を目指す[5]。

認知症

エーザイ:DeNAとブレインパフォーマンスアプリの共同開発・提供(終了)

2020年7月、エーザイはDeNAの子会社・DeSCヘルスケアと共同で認知症に備えるためのブレインパフォーマンスアプリ「Easiit」の提供を開始した。DeNAはゲームやスポーツの領域で培った、利用者を楽しませ継続利用を促す独自のノウハウを活かして、DeSCヘルスケアなどの子会社におけるヘルスケアサービスの提供・行動変容の実績を挙げている。このアプリは、エーザイが構築を進めている認知症領域のデジタル・プラットフォームの第一段階として発表された。Easiitアプリでは、ユーザーの歩数・食事・睡眠・体重の記録をもとに、週替りで食事内容や運動などに関する個別推奨メニューが提示され、それらのメニュー実施記録からブレインパフォーマンスに良い行動・習慣が身につくようなサポートが行われる[6]。なお、同サービスは2022年5月で終了となっている(詳細は別記事を参照)。

エーザイ:ライフネット生命と認知症に関連した保健事業の提携

2022年8月、エーザイはライフネット生命と認知症領域等での協業に向けた資本業務提携契約を締結したことを発表した。ライフネット生命は保険商品・関連サービスで培ったノウハウを有するだけではなく、時代にあった生命保険をオンラインで提供してきたという独自性から他社にないデータや顧客接点を擁する企業だ。この業務提携は、エーザイの中期経営計画のコアとなっている「ソリューション創出の新たな仕組み」の一環である。同計画では、患者だけでなく一般生活者を含めた全体に対し各々のニーズに即したソリューションを提供するため、データサイエンスやAI/デジタルといった分野での自社技術向上・他社技術とのシンクロ(Collaboration & Incubation)に注力することが示されている。特に認知症領域で長年の経験を有しているエーザイは、まず認知症のデジタルプラットフォームの構築に注力しているものと考えられる[7,8]。

在宅栄養管理支援

大塚製薬工場:在宅医療者の食・栄養課題の抽出・解決を支援するサービスを提供開始

2022年6月、大塚製薬工場は在宅医療に携わる専門職向けに在宅療養者の食・栄養課題の抽出・解決を支援するクラウドサービス「ぽけにゅー(Pocket Nutrition)」の提供を開始した。“The Best Partner in Clinical Nutrition”(臨床栄養領域における患者さんや医療従事

者のベストパートナーを目指す)という経営ビジョンのもと、在宅療養者の栄養の問題のソリューションとなりうる医薬品・医療機器・食品などを販売してきた同社が、デジタルヘルスに乗り出した形だ。同サービスは、栄養状態の評価や課題抽出、栄養療法の立案に活用できるツールとなっている[9]。

睡眠

アキュリスファーマ:Ubieと睡眠プラットフォームを構築

2022年6月、アキュリスファーマは睡眠に関する社会課題の解決を目的とした「睡眠エコシステム」の構築を目指し、Ubieとの協業を開始したことを発表した。アキュリスファーマは日本発のバイオベンチャー企業で、複数の睡眠関連疾患における新薬の開発・商業化に向けた活動を日本国内で行うとともに、睡眠に関わる社会課題を解決するための「睡眠エコシステム」構想を掲げ、その実現に向けた取り組みを展開している。Ubieは生活者がスマートフォンやPCから質問に回答することで、症状に関連する病名と相談可能な近隣の医療機関を調べられるサービスである症状検索エンジン「ユビー」などを提供している。両者はまず、未受診・未診断の患者が多いと考えられている閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)とナルコレプシーの患者を対象に、実態調査およびデータ分析を行う。ペイシェントジャーニーにおける課題を特定し、今後の課題解決に繋げていきたいとしている[10]。

生活習慣病

サワイ:CureAppとNASH領域におけるDTxを開発

2022年8月、サワイグループホールディングスがCureApp社とNASH(非アルコール性脂肪肝炎)領域におけるDTxの開発及び販売ライセンス契約を締結したことを発表した。サワイグループは中期経営計画「START 2024」において、ジェネリック医薬品市場におけるシェア拡大に加え、新規事業への進出を掲げており、今回の契約はこの一環として位置付けられる。CureAppは、高度なソフトウェア技術と医学的エビデンスに基づいた疾患治療用プログラム医療機器創出に向け、研究開発・製造販売を行っているMedTechベンチャー企業。2020年8月にはニコチン依存症向けDTxの薬事承認(DTxとして国内初)、2022年4月には高血圧症領域で世界初の薬事承認を取得するなど、DTx領域で強みを有している。確立された薬物療法がないNASH領域において、日常的に行動療法をアナウンスするとともに、患者自身の状態を見える化できるアプリというソリューションは有望な治療法となりうる[11,12]。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000095.000015777.html

住友ファーマ:Share Medicalと共同開発

2020年8月、大日本住友製薬(現・住友ファーマ)とSave Medicalは2 型糖尿病管理指導用モバイルアプリケーションの共同開発契約締結および治験開始を発表した。住友ファーマは、糖尿病領域を国内重点領域の一つと設定しており、複数の2型糖尿病治療薬を開発・販売している。Save Medicalは、科学的根拠に基づくデジタル療法の開発に取り組む2018年設立の企業だ。この提携により、両社は2型糖尿病の治療に新たなモダリティの選択肢と患者さんに新たな価値を提供し、医療の発展に貢献することを目指す[13]。

PHR

興和株式会社:PHRなどを活用した健康増進サポートサービスの提供を開始

2022年5月、興和株式会社は“人生100 年時代”を見据えた健康増進サポートサービス「Suita セルフケア・スイート・トライアル」の提供開始を発表した。このサービスは、大阪府吹田市の多世代居住型健康スマートタウン「Suita サスティナブル・スマートタウン」に入居する住民に対して行われる。イグニション・ポイント社、Welby社などの協力のもと、データ連携を可能にする「IH HUB」と住民が利用するスマートフォンアプリ(PHR)「IH Concierge」を活用し、①生活習慣管理を中心としたセルフケアの情報、②医療機関を中心としたメディカルケアの情報、③薬局を中心としたヘルスケアの情報等を一括管理し、健康情報の「見える化」の実現を目指す[14]。

オンライン診療プラットフォーム

塩野義製薬:中国最大の生命保険・金融グループ「平安グループ」と合弁会社を設立

2020年10月、塩野義製薬は中国最大の生保/金融サービスとして知られる平安グループと合弁会社を設立したことを発表した。平安グループはAIなどを用いたヘルスケアエコシステムの確立に成功しており、特に「平安好医生(Ping An Good Doctor)」はオンライン診療のロールモデルとして高い知名度を誇っている。高い自社創薬力や感染症/CNSに対する疾患洞察力などをもとに、2030年に成し遂げたいビジョンとして「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」ことを掲げているシオノギは、HaaS企業への成長を目指し他業界との連携を重視。平安グループとの合弁会社設立もこのような文脈から行われた[15]。

治験

アキュリスファーマ:サスメド・シミックと連携しブロックチェーンを活用した治験実施

2020年6月、アキュリスファーマはサスメドとブロックチェーン技術を用いた治験の実施に関する契約を締結したことを発表。サスメドは持続可能な医療を目指し治療用アプリの開発やプラットフォームの提供などを行う企業。技術力と機動力からブロックチェーン技術を用いた臨床試験効率化サービスの開発に至った。データ入力工程・SDVに関わる工程の削減だけではなく、データ改竄の難しさから治験データ自体の信頼性を高める可能性も十分にあり、まさに革新的な医療課題解決に向けた取り組みとなっている。一方で、日本初のCROであり新たな技術導入に積極的なシミックも参画。アキュリスファーマを含めた3社がそれぞれの強みを活かし、治験の質と効率化の向上を目指す[16]。

参考文献

1) 2019.01.04, 大塚製薬株式会社, デジタル治療処方アプリの開発・商業化におけるグローバルライセンス契約を締結 - 大うつ病に対する世界初のデジタル治療処方アプリとして承認を目指す -, https://www.otsuka.co.jp/company/newsreleases/2019/20190104_1.html

2) 2022.01.27, 大塚製薬株式会社, 精神科領域におけるVRを用いたソーシャルスキルトレーニングのプラットフォーム構築についてジョリーグッド社と共同開発・販売契約を締結 〜第一弾はVRで統合失調症患者さんの社会復帰を目指す〜, https://www.otsuka.co.jp/company/newsreleases/2022/20220127_1.html

3) 2022.08.02, 株式会社リンケージ, リンケージと大塚製薬が中小企業の健康経営をサポートする共同事業を開始 〜2社でタッグを組み、喫煙率低下/メンタルヘルスに関するプログラムを提供〜, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000045.000053753.html

4) 2022.07.07, 大塚製薬株式会社, 大塚製薬 中小企業の健康課題解決を支援する【健康経営つながるサポート】の本格運用開始, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000062.000048278.html

5) 2020.09.01, 田辺三菱製薬株式会社, 認知行動療法アプリに関する京都大学、国立精神・神経医療研究センターとのライセンス契約締結のお知らせ-日本初のうつ病治療用医療機器アプリをめざして-, https://www.mt-pharma.co.jp/news/2020/MTPC200901.html

6) 2020.07.28, 株式会社ディー・エヌ・エー, エーザイ・DeNA 業務提携契約に基づき スマートフォンアプリ「Easiit(イージット)アプリ」を共同提供 -エーザイの認知症プラットフォームEasiitが本格始動-, https://dena.com/jp/press/4623/

7) 2022.08.09, ライフネット生命保険株式会社, エーザイとライフネット生命保険、生活者の医療・介護の負担軽減に向けたエコシステムの構築を目指す資本業務提携契約を締結, https://www.lifenet-seimei.co.jp/shared/pdf/202208-09-news.pdf

8) エーザイ株式会社 RECRUITING WEBSITE, エーザイの戦略, https://eisai-recruit.jp/strategy/

9) 2022.06.17, 株式会社大塚製薬工場, 大塚製薬工場、在宅医療に携わる専門職向けに在宅療養者の食・栄養課題の抽出・解決を支援するクラウドサービス「ぽけにゅー(Pocket Nutrition)」の提供を開始, https://www.otsukakj.jp/news_release/20220617_3.pdf

10) 2022.06.29, Ubie株式会社, Ubieとアキュリスファーマ、「睡眠エコシステム」の構築を目指し協業を開始, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000037.000048083.html

11) 2022.08.02, 株式会社CureApp, 株式会社CureAppとサワイグループホールディングス株式会社 NASH領域におけるDTxの開発及び販売ライセンス契約を締結, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000095.000015777.html

12) サワイグループホールディングス株式会社, 長期ビジョン・中期経営計画, https://www.sawaigroup.holdings/about/plan/

13) 2020.08.03, 大日本住友製薬株式会社, Save Medical と大日本住友製薬による2 型糖尿病管理指導用モバイルアプリケーションの共同開発契約締結および治験開始のお知らせ, https://www.sumitomo-pharma.co.jp/ir/news/2020/20200803.html

14) 2020.05.18, 興和株式会社, 「人生 100 年時代」を見据えた健康増進サポート Suita セルフケア・スイート・トライアルを提供します, https://www.kowa.co.jp/news/2022/press220518.pdf

15) 2020.10.13, 塩野義製薬, 塩野義製薬と平安グループとの 合弁会社設立 および合弁会社の事業計画, https://www.shionogi.com/content/dam/shionogi/jp/investors/ir-library/presentation-materials/fy2020/201013.pdf

16) 2020.06.29, サスメド株式会社, アキュリスファーマとサスメド 世界初のブロックチェーン技術を活⽤した治験の実施に関する契約を締結 - モニタリング業務のDXを実現し、新薬開発コスト低減へ - , https://susmed.co.jp/wp-content/uploads/2022/06/ouip897yuihlkjigtyur67tfu.pdf

京都大学医学部5回生。医療情報のあり方に興味があり、初期研修後の進路では社会医学・行政・企業勤務・起業なども視野に入れる。現在はインターンでヘルステック領域を学びつつ、G検定・応用情報技術者試験合格など情報分野でも修行中。趣味は競技かるた、身近な人を手伝うツール開発、ブログ執筆。