日本国内のヘルスケア企業が取り組む事業領域は実に多様で、提携している企業も多岐にわたる。その中でも、製薬企業と共同で行う事業はITヘルスケア企業にとって重要な収益源となっている。
製薬企業が抱える業務は幅広く、そのどの段階においても外部企業との提携がプラスに働く余地がある。実際に新規事業開発や疾患啓発、臨床試験支援やデータ分析など様々な方向性の連携がある中、本記事では具体的に「製薬企業向けマネタイズにはどのような種類の事業があるのか」の概略を説明するとともに、各々について詳述する。
マネタイズの種類・事例
概略図
医薬品マーケティング
医薬品マーケティングの取り組みは、医師向けのものと患者向け(toC)のものに大別される。インターネットの普及や製薬企業のターゲットとなる疾患群の変化などに伴い、従来の形にとどまらない新たな取り組みが見られ始めている。
医師向け:エムスリーが圧倒的、老舗のケアネット・メドピア、新興勢力のHOKUTO・Antaaらも続けるか
医師向けマーケティングの手法としては、医師専用プラットフォームや臨床支援アプリを利用する医師に対してアプローチを行うものが一般的である。現在は、医師向けメディア「m3.com」を展開するエムスリーが圧倒的な力を誇っている。他には歴史の長いケアネット・メドピアなどが取り組んでいた領域だが、臨床に役立つ情報の検索に特化したアプリを提供するHOKUTO、医師向けSNS型プラットフォームを運営するAntaaといった新規勢力も参入している。エムスリー、HOKUTO、Antaaは医学生向けのプロダクトも打ち出しており、医師になる前からの囲い込みによるユーザー拡大も目指している。
エムスリー
エムスリーは日本最大の医療従事者専用サイトm3.com(約33万人の医師のうち30万人が登録)の特性を活かし、製薬企業の薬剤プロモーション・マーケティングを総合的に支援。毎日の診療に役立つ最新の医療情報を製薬企業のMRがお届けする「MR君」サービスを展開している。
m3.comは「国内外の最新医療情報を新聞よりも速く、毎日お届けします。」という宣伝文通りニュースに強いメディアとなっており、医師が毎日アクセスする場所を作ることに成功している。ポイント制や講演会などの工夫も他社と比べ高いシェアに繋がっており、医師向けプラットフォームに限らず臨床試験支援など他の領域における製薬企業向けサービスも充実していることから、医師向けマーケティング領域において圧倒的な立場を保っている。
研修病院比較の「m3.com研修病院ナビ」、教育事業の「TECOM」「M3E Medical」なども展開。医学生へのアプローチで将来のユーザーの囲い込みにも注力している。
ケアネット・メドピア
それぞれ学会系・臨床系のニュースが豊富であること、医薬品の口コミや症例などの経験やナレッジを全国の医師が「集合知」として共有できることが特徴となっている。医師会員数はそれぞれおよそ20万人、15万人程度であり、エムスリーの30万人には及んでいない。
HOKUTO
臨床現場での実用性にこだわった「医師が必要なときに、素早く情報を届ける」ことができる情報検索アプリ「HOKUTO」を展開する企業。2019年末のローンチからわずか2年半でユーザー数は5万人を突破、医師の6人に1人が使うサービスにまで成長。2022年2月にはシリーズAラウンドで8.25億円の資金調達にも成功している。
同社は、製薬業界のターゲットが患者数の多い疾患に対する治療(高血圧・糖尿病などに対する治療薬)からスペシャリティ医薬品(希少疾患や遺伝子製剤など専門性・個別性の高い薬品)へと移っていく現状を踏まえ、医師のニーズに即した情報提供を重視したマーケティングが主流になると見込んでいる。臨床現場の時流に対応したアプリを提供することで、主要な収益源である医薬品マーケティングをさらに強化したい考えだ。
また、同社の展開する「ホクトレジデント」は医学生の研修病院探しを支援するアプリ。病院を介していないため先輩による研修病院の率直な評価を確認できるアプリとして他社製品との差別化を図り、医学生時代からの囲い込みを目指す。
https://hokuto.app/
Antaa(JMDC)
JMDCは、医療ビッグデータを製薬企業、研究機関、生損保企業などに提供している企業。後述の通り、医療データベース企業の中では国内最大手企業の一つだ。
このデータは当然医薬品マーケティングにも利用可能であるが、JMDCはそれだけではなく、子会社に医師向けSNS型プラットフォーム「Antaa QA」のAntaa社、医師向け薬剤比較アプリ「イシヤク」のflixy社なども有している。
JMDCは2021年8月、当時3万件を超える医師アカウントを有していたAntaaを買収した。Antttaの主力サービスは、医師が実名で参加し情報や知見の共有を行うSNS型プラットフォーム。透明性が高いことが特徴で、医師同士の質問解決プラットフォーム「Antaa QA」、医師の学会や研究レポート・勉強会の発表資料をシェアし学び合う場所「Antaa Slide」、オンライン配信の「Antaa Channel」などがある。蓄積されたコンテンツが新規会員数の増加につながり、会員規模が拡大すればコンテンツのアップロードがより活性化し、また流入が加速するという好循環が生まれている。特に「Antaa Slide」は医学生・初期研修医などにも役立つことで知られ、キャリアの初期段階からのアプローチとしての効果を発揮。
JMDCとしては、「診断から治療」をアンター、「処方」をイシヤクといった形で、医師の臨床プロセスを相互に補完するシステムの構築を目指している。これが実現すれば同社の医薬品マーケティングの選択肢としての魅力はより高まると考えられる。
https://corp.antaa.jp/services
患者向け(toC):Ubieなどの新しいデジタルサービスとの連携
【DTC広告】疾患啓発広告、OTC医薬品の広告
患者向けのtoC医薬品マーケティングでは、DTC(Direct to Consumer)広告、つまり患者に直接訴求する広告が展開される。主な種類としては、疾患啓発広告とOTC医薬品の広告がある。
医療用医薬品の広告を出すことは薬事法により禁じられているため、「疾患啓発広告」が展開される。従来はテレビCMなどのマス広告が主流であったが、インターネット広告の普及、製薬企業のターゲットとなる患者層の変化などを反映し、デジタルを駆使した戦略がとられ始めている。この変化を受け、疾患啓発広告の企画・実行の担い手も、広告代理店からヘルスケアIT企業へと移行が進んでいる。
手段は様々であるが、まさにその情報を必要とする人に届きやすいと考えられ最も注目を集めているのが、Ubieの症状検索エンジン「ユビー」と連携する方法である。他にも、月間PV数500万のメディアパワーを有する国内最大級の医療総合メディアを展開するQLifeでは、メディア内での疾患啓発にとどまらず、LINE会員への情報提供、会員向けメール広告などさまざまな形式の広告を展開している。また、LINE公式アカウントの利用も進んでいる。
疾患啓発広告の詳細は「製薬企業が取り組む疾患啓発広告 - マス広告からデジタル広告への変遷」を参照いただきたい。
医療機関に受診して薬局で処方される医療用医薬品に対して、ドラッグストアなどで自分で選んで購入可能な医薬品はOTC医薬品と呼ばれている。政府は国民の健康寿命延伸・医療費抑制に向けてセルフメディケーションを促進すべく、医療用医薬品から一般用医薬品への転用(スイッチOTC化)を推進している。研究開発費用が抑えられるという背景もあり、国内大手製薬企業の中でもOTC医薬品を強化する戦略が見られ始めている。
OTC医薬品の特徴として、ペイシェントジャーニーが医療用医薬品と異なることから、消費者に対して独自の広告展開を行う必要がある(=D2C広告の展開が必要)ということが挙げられる。ここにEC展開や各種Webメディアへの情報掲載、IT企業との連携などの選択肢が生まれる。企業との連携については、以下のような例がある。
- 大正製薬 × FiNC Technologies:FiNCはパーソナルトレーナーAIを内蔵したダイエットアプリで、800万件を超えるDL数を誇る。2019年11月より、スキンケアブランド「AdryS」とヘルスケアプラットフォームアプリ「FiNC」のタイアップ企画を開始。
- 大塚製薬 × 株式会社D2C R:D2C Rはデジタルを活用した総合的なマーケティングコミュニケーションを提供する企業。2020年以降、ポカリスエットのTVCMに関するデジタル施策全体(SNSキャンペーンなど)をプロデュース。
【デジタルヘルス】マーケティングの枠を超えた Around / Beyond the Pill の取り組み
近年の製薬企業ではDTx開発などデジタルヘルスの取り組みが開始される例が増加傾向にあり、この動きを整理するために業界では Around the Pill / Beyond the Pill といった概念が浸透しつつある。
Around the Pillは自社の医薬品の売り上げを高めるためにデジタル技術を用いてサービスを提供するという意味であり、求められる役割はDTC広告と類似している。
Beyond the Pillはデジタル技術を用いたサービスそのもので新たな売上を作るという意味であり、toCマーケティングという役割にとどまらず、医薬品の枠を超えたソリューションを提供するという方向性だ。治療にとどまらず、未病・予防などの領域に進出できる可能性を秘めている。
例として、エーザイ社の取り組みを考える。
Around the Pillとしては、同社が2020年11月から提供しているアプリ「PaDiCo」がある。パーキンソン病患者の生活を支援するPHR(Personal Health Record)であり、新規作用機序を持つパーキンソン病治療薬「エクフィナ®」を提供するなど神経疾患領域に注力している同社ならではのサービスと言える。
Beyond the Pillとしては、2016年8月から同社と提携しているMAMORIO社が提供する認知症ケアソリューション「Me-MAMORIO」がある。小型の紛失防止IoTタグであり、認知症領域に注力している同社ならではの取り組みだ。
https://mamorio.jp/me-mamorio
このように、製薬企業によるデジタルヘルス事業は実に多様化している。詳細は別記事「避けて通れない製薬マネタイズ - デジタルヘルス企業と取り組む製薬企業の新規事業事例」にまとめているので、ぜひご参照いただきたい。
創薬関係:AIによる創薬支援の取り組みが増加傾向
創薬関係で外部企業が大手製薬企業に対して行う提携としては、新薬開発を行なうバイオベンチャーとしての価値提供、創薬を支援するAIの提供の2種類に大別される。
ただし、米国などでは前者のような例も多いものの、日本国内では大手製薬企業以外の創薬の担い手としてバイオベンチャーは主流とは言えない。大学などアカデミアでの研究から新薬が生まれる場合の方が多く、製薬に関わるバイオベンチャーはその研究成果を製品化するためにアカデミア発として誕生している傾向にある。
後者の取り組みとしては、例えば以下のようなものが挙げられる。
- 旭化成ファーマ, 塩野義製薬 × DeNAライフサイエンス (2018.01〜): 製薬企業が取得する化合物情報を用いてAI創薬の実用性を技術的に検証する共同研究
- 第一三共 × エクサウィザーズ (2019.05〜):第一三共の社内外データを活用しAIの利活用を通じた「データ駆動型創薬」の実現と加速を目指す
- 武田薬品 × FRONTEO (2020.03〜):最新データベースと論文を学習させた自然言語解析AIにより新規医薬品のターゲット候補の探索を行うシステムの提供
- アステラス製薬, 第一三共, 武田薬品,... × エルピクセル:画像解析AI「IMACEL」で細胞認識などを支援
治験支援系
治験における主要なプレイヤー:製薬企業と関わるのは主にPROとCRO
製薬企業は、新薬を開発してから厚生労働省に申請を行い承認・販売開始に至るまでの間に、治験・臨床試験を実施する必要がある。治験を行う際には、被験者の募集、医療機関および参加者からのデータ回収、治験フローのモニタリングなどあらゆる業務が発生する。これらの複雑なプロセスの全てを製薬企業が行ってに担うことは非現実的であるため、様々なプレイヤーと連携・業務委託を行いながら進めていくのが通例である。次の図に、代表的なプレイヤーを示した。
治験実施時の流れおよび主要なプレイヤー
https://healthtech-db.com/articles/m3-aqcuisition-3h-group
製薬企業と関わるのは主にPROとCROだ。
まず、治験を行うには参加する患者を募集する必要がある。この役割をPRO(Patient Recruitment Organization:被験者募集機関)と総称される企業が担当する場合がある。
次に、治験業務全体を管理する役割を担うのが、CRO(Contract Research Organization:医薬品開発業務受託機関)と総称される企業である。中心となる業務はモニタリングで、モニター(通称CRA)を通して治験が定められた通りの形式で行われているかを監視する。
患者リクルーティング(PRO):患者向けの3H, QLifeから医師向けのエムスリーへ
PRO事業の老舗は3HクリニカルトライアルとQLife。いずれも治験情報や病院口コミなどを掲載した患者向け(toC)のwebサイト運営により被験者を集めてきた。
3Hクリニカルトライアルは、2005年に設立され治験被験者募集を中心に新薬開発支援領域で成長してきた企業。創業期より治験情報のモバイルサイト・PCサイトを展開し、創業4年で15万人、8年で45万人の会員を集めることに成功。2022年時点では会員数約91万人と業界最大規模の被験者パネルを保有し、被験者募集, 患者調査, 情報提供, アプリ・システム開発, 新規ビジネス開発支援までワンストップでの提供を行なっていた。
QLifeは、2006年に設立され病院口コミのネットメディアなど画期的な医療総合メディアを運営してきた企業。IT技術を駆使したソリューション型の提案を行ない製薬企業からの広告を獲得、成長を遂げてきた。のちに臨床試験支援領域にも着手、医療総合メディアの中に治験患者募集サービスを組み込み、Web媒体を中心に約2,500万人へプロモーションが可能という募集体制を立ち上げた。
しかし、PRO業界にとって革命的なソリューションを展開し、一気に台頭したのがエムスリーである。同社は圧倒的な会員数を誇る医師向けのwebメディア「m3.com」の基盤を活かして臨床試験協力者を調査するサービス「治験君」を2011年度より開始。従来より効率的に患者を集め、症例が集めにくい治験に関しても対応することができる仕組みを構築した。
https://www2.mebix.co.jp/services/chikenkun/
最終的には、エムスリーがQLife(2016年), 3Hグループ(2022年)を買収する形となり、PRO以外の各分野における他の企業との連携も加味して、治験支援事業領域において大きな勢力となっている。詳細は別記事「エムスリーが3Hグループを買収の衝撃。DCTへの取り組みがより強固なものに。」を参照されたい。
医薬品開発業務受託(CRO):大手各社が電子データ活用の波を受け奔走
直近15年程度にわたって、日本国内の治験件数は年率4%強程度のペースで増加を続けてきた。しかし、近年、その治験の対象薬効や形式に変化が起こりつつあるため、各社はこれに対応するため奔走している。
まず、CRO事業の国内大手企業を整理する。基本的には大きな入れ替わりは見られず、日本発のシミック、EPS、リニカル、外資系のIQVIA、parexelといった大手5社に加え、エムスリーが徐々に勢力を伸ばしつつある格好だ。
治験にどのような変化が起こってきたのか、そしてこれらの企業がどのような対応を見せてきたのか。手短に解説する。
電子データ活用の波①:医療機関からの電子データ収集(EDC)による効率化
EDC(Electronic Data Capture)は、臨床データを電子的に収集することを指す。従来は医療機関と治験を管理する団体(製薬会社 / CRO)の間での臨床データの報告は紙媒体で行なわれていた。しかし、これを電子データでやりとりすればさまざまなメリットを得られるため、治験にEDCという概念が持ち込まれた。具体的には以下のようなメリットがある。
- 転記ミス・入力ミスといったヒューマンエラーを減らすことができる
- 医療機関と製薬会社 / CROの間でリアルタイムにデータを共有できる
- 治験参加者の情報が一元的に管理できる
また、電子カルテの普及ともEDC推進の動きを加速させたと考えられる。
EDC業務に強みを持っているのは、基本的には外資系企業である。シミックはMediData, Veevaなどとの提携を、EPSはVeevaなどとの提携を行なっている。リニカルもOracle, MediDataのEDCを採用しており、国内大手各社も外資系企業に頼る傾向にあった。
電子データ活用の波②:患者からの電子データ収集(ePRO, eConsent)によるDCT
現在では、医療機関からのデータだけでなく患者からのデータも電子的に収集される治験が徐々に増えつつある。
治験で必要となる「データ」は、主に症例報告書(CRF:Case Report Form)、ラボデータ、患者報告アウトカム(PRO:Patient Reported Outcome)の3つである。それぞれ治験責任医師、中央検査機関、患者から収集される。これらを電子的に収集した場合、それぞれeCRF, eLabo, ePROと呼ばれる。さらに、臨床試験の説明及び同意を電子的に行なう場合もあり、これをeConsentと呼ぶ。
前述の通り、EDC(Electronic Data Capture)は、臨床データを電子的に収集することを指す。このため、定義上はeCRF, eLabo, ePRO, eConsentのいずれに対しても適用される語ではあるが、現実的にはeCRF(, eLabo)の収集を指して用いられる場合が多い。これは、ePRO, eConsentなど患者から電子的にデータを収集する取り組みが注目され始めた時期が、需要や技術的な実現性などの関係で前述のEDCの普及よりも遅くなっているためである。
ePROが注目され始めた一つの理由は、生活習慣病やアレルギー疾患、がんなどの慢性疾患の増加である。特に近年の抗悪性腫瘍薬の治験件数の伸びはめざましく、治験計画届出件数に占める割合は2014年の26.4%から4年後には44.9%にまで達していた(件数としても2倍以上)。従来の治験の評価に使われていたのは検査値・画像検査・生存率などの生理学的/医学的指標であったのに対し、これらの疾患では服薬状況・患者の認識などの影響も大きいため、患者の主観的評価を科学的に測定することが求められる。実際、ePROにはデータの質の向上、検出感度の向上、コストパフォーマンスの向上などのメリットが存在し、ePROを採用することは理にかなっている。
一方、ePROの概念だけが広まり実際の運用はさほど拡大していない、という状況が続いていたのも事実だ。導入のメリットがよくわからないという声や、導入コストが大きいこと(セットアップの手間など)、運用コストが大きいこと(被験者側の負荷・不具合への対応など)といったデメリットが見られていた。
しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により大きく情勢は動いた。オンライン診療・電話診療の拡充が行なわれたことなどを理由に、DCT(Decentralized Clinical Trial:分散型臨床試験)が普及し始めたのだ。
EPS社の掲げるDCT推進構想「Virtual Go」
https://www.eps-holdings.co.jp/news/detail.html?year=2021&id=20210628-6f706583
DCTは臨床試験の一手法であり、医薬品の開発の際に医療機関への来院に依存せず行なわれるものを指す(バーチャル臨床試験とも)。「患者中心」の概念の浸透やデジタル技術等の活用の浸透、さらには希少疾患など患者数が少ない治験や国際共同試験の増加などを理由に、日本国内にもDCTが広まりつつある。このDCTを実現するにあたっては「いかに患者から電子的にデータを集めることができるか」が鍵となる。
このような背景からePRO, eConsentが話題を集めている。2022年8月に製薬協・医薬品評価委員会データサイエンス部会から発表されたデータでは、深い登録企業のうちDCT実施企業は11.3%、DCT実施を検討した企業を含めると47.2%であったことがわかっている。さらに、ePROを含めたeCOA(電子臨床アウトカム評価)の導入経験がある企業は62.3%に達し、eConsentも52.8%の企業が実施していたという。実際、国内大手CRO各社はePRO, eConsent, オンライン診療などのDCTに適したデジタル技術のうち複数領域で力を有する企業との提携を図っている。代表例はMICIN、サスメド、アルム、3H。以下に詳細を示す。
- MICIN:2020年にシミック、EPSと、2022年にリリカルと提携を開始。国内初のオンライン診療機能を搭載したバーチャル臨床試験システム「MiROHA オンライン診療」を提供している。eSource機能を搭載しており、診察情報や臨床試験のために収集・整理が必要な情報については電子ワークシートへ入力・管理する形になっている(このデータはEDCにも自動で反映される)。2022年4月にはeConsent機能もリリースされた。
- サスメド:2020年1月にはシミックと提携し、AIを用いたビッグデータ簡易解析ソリューションを提供開始。シミックにより製薬企業が有するRWDなどのビッグデータを簡易解析可能な程度にまで処理し、そのデータにサスメドのAI自動分析システムを適用することで、従来と比較し迅速な簡易解析を可能にするサービス。2021年にはEPS、2022年にはアキュリスファーマ・シミックとブロックチェーン技術を用いた治験に関する提携を発表。
- アルム:2021年にEPSと提携し、健康・予防から医療・介護現場、医薬品等の開発・営業まで包括的につなぐデジタルプラットフォーム構築プロジェクト「EPSAM (イプサム)」を開始。(DCTを含む)デジタルツールを利用した治験の実施・管理に必要となるシステムの開発などを行なう。
- 3Hグループ:2022年、エムスリーにより買収。PRO事業だけではなく、ePRO領域も見据えての買収であった。3HグループのePROアプリケーション「P-guardian」とエムスリーグループの「デジスマ診療」や「エムスリーデジカル」などの連携が見込まれる。
このように、複数領域で強みを持っている企業がDCTの担い手として既存の企業(CROや製薬企業など)と新たに提携を組んでいる傾向が見られる。
この背景から、オンライン診療の国内大手として知られPHR管理も行なってきたインテグリティ・ヘルスケア社の動向にも要注目である。
同社の展開する「YaDoc」は初めオンライン診療システムとして開発された。現在は「疾患管理システム」という位置付けで展開、ウエアラブルデバイスと連携したデータ収集・管理機能なども備えており、臨床試験でも活用されてきた。また、2021年3月にはPHR管理システム「Smart One Health」の提供も開始している。
これらの知見を活かし、同社は2022年2月に子会社のDCT Japanを設立、分散型臨床試験の支援に取り組むことを発表した。5月には、DCT Japanと訪問看護事業のCHCPホームナーシングとの間でDCTにおける臨床試験支援業務での業務提携契約を締結。全国どこにおいても訪問治験が行える体制の構築を目指している。
医療データベース
医療データにはレセプトデータ、医療機関データ、リアルワールドデータなど、いくつかの種類が存在する。各種データの特徴を交えながら、製薬企業へのサービスとしての活用例を確認する。
レセプトデータ:薬局ベースのIQVIA、保険者ベースのJMDC
レセプトデータは診療(調剤)報酬明細書の通称で、医療機関等が患者負担額以外の負担分(保険者、公費、高額療養費などで賄われる分)を保険組合などに請求する請求書のことである。医薬品投与を含めた診療行為の回数・費用などの集計ができるほか、傷病名や保険者の情報を加味すれば傷病ごとの年間医療費の総額、保険組合ごとの疾患構造などより詳細な分析が可能となる。製薬企業に向けたこのデータの活用方法としては、「自社のこの薬はどれだけのシェアを占めているのか」などの情報を提供するケースが多い。
調剤薬局ベースのレセプトデータを扱う企業として有名なのは、IQVIAソリューションズ ジャパンである。「NPA Family」は、多様な形態の調剤薬局3,600店舗から院外処方調剤レセプトデータを収集・構築されたレセプトデータベース。2019年には院外処方箋枚数換算で年間約1億5,763万枚ものデータを処理しており、全院外処方箋枚数に対するカバー率は19.2%に相当する。同社が開示している「医薬品市場統計」へのアクセスも多い。
また、IQVIAは世界70カ国以上にオフィスを持ち、各国で医薬品市場統計書を発行しているグローバルリーディングカンパニーである。世界医薬品市場の売上・処方情報を統合したデータベース「MIDAS」を提供するなど、グローバル展開を考える企業にも最適なデータが揃っている。
また、DeNA(DeNAライフサイエンス)が2020年12月よりIQVIAとの提携を行っている。DeNAライフサイエンスが展開する一般向け遺伝子検査サービス「MYCODE」では、最大10万人規模のユーザーに対して、疾患や遺伝情報・生活習慣に関するアンケートを実施。ここから得られた解析データをIQVIAのプラットフォーム「Genome Qide Study Platform」に提供、医薬品の検証・創薬研究に活用される予定である。逆にMYCODEにIQVIAの幅広い医療データやソリューションが加わることで、臨床研究に有用なデータが増えることも期待されている。
https://dena.com/jp/press/4669/
一方、保険者ベースのレセプトデータを扱う企業の例としてJMDCが挙げられる。2020年には日本人口の約6%、健康保険組合加入者の約22%にあたる960万人のデータを収集。現在のJMDC Claims DataBaseでは、2005年からの17年間で約1400万人の母集団を獲得している。レセプトだけでなく加入者台帳をソースとしていることが特徴で、転院や複数施設受診を含めた患者一人一人のペイシェント・ジャーニーを辿ることが可能となっている。
https://www.jmdc.co.jp/jmdc-claims-database/
医療機関データ:MDVとDeNAの提携で最大規模のDB構築
医療機関データでは、レセプトよりも詳しい治療内容が明らかになる。レセプトがあくまでも医療機関外への費用請求のための書類であることから実情と異なる場合もあり、より生データに近いと言える。また、1病院あたりのデータなどを得ることもできる。
民間で国内最大規模にあたるのは、MDV(メディカル・データ・ビジョン)およびDeNA(ディー・エヌ・エー)である。両社は2022年5月に業務提携契約を締結。DeNAは2020年からデータホライズンとの提携も行っていたこともあり、合計して保険者データ約1,500万人と病院データ約4,000万人を保有するに至った。この国内最大規模のDBをMDVの分析用Webツール「MDV analyzer」に搭載するほか、MDVのPHRサービスとDeNAの子会社が提供するヘルスケアアプリの連携を検討している。
リアルワールドデータ:リアルワールドデータ社をJMDCが買収、圧倒的な立場を築くか
RWD(リアルワールドデータ)とは、広義としては電子カルテ内の診療情報データや、ウェアラブルデバイスなどから取得されたアクティビティデータ・バイタルデータの事を指し、臨床研究や医薬品マーケティングへの活用が期待されている。電子カルテデータ由来のデータは狭義のRWDに分類され、特に価値が高いものとされている。
一方で、RWDを事業活用するためには、電子カルテからのデータ抽出のための高い技術、抽出後のデータが臨床研究に使用できるだけの信頼性があるかを確認するバリデーション研究などが要求され、事業実施可能なプレイヤーは限られている。
代表格となるのはJMDCだ。すでに医療データ分析事業で一定の成果を挙げていた同社は、リアルワールドデータ市場の先駆者として知られるリアルワールドデータ社を2022年7月に買収。2,440万人分のRWDおよび162の自治体とのネットワークという、非常に強力なアセットを手に入れた形である。詳細は別記事「JMDCがリアルワールドデータ株式会社の子会社化により医療データ事業を強化」を参照されたい。
まとめ
- 医薬品マーケティング市場は医師向けと患者向けに分かれており、それぞれエムスリー、Ubieが強力である。いずれの領域でも、ニーズに即した情報提供を行えるかどうかが今後の鍵となるだろう。また、治療以外のフェーズに訴求する、医薬品以外の製品・サービスなどの展開も見込まれる。
- 創薬関係では、AIによる創薬支援の取り組みが増加傾向。
- 治験支援領域では電子データの収集が鍵となっている。オンライン診療, PHR, ブロックチェーンなどDCTにも活用可能な技術を複数有している企業が今後有利になると見られる。
- 医療データベース領域では、データごとの特徴を活かした事業が各企業で行われている一方で、大型企業同士の提携・合併などによるデータの集中化が加速している。マーケティング, 創薬, 治験など、あらゆる領域に貢献できる可能性がある点で、最も注目が必要な領域と見られる。