近年、医療の業界で「リアルワールドデータ」が注目を集めています。今回は、そのリアルワールドデータを用いたデータビジネスについて、特にJDMC社とMDV社の取り組みについて解説します。
リアルワールドデータとは
調剤レセプトデータ、保険者データ、電子カルテデータなどの、実臨床の場で収集されたリアルワールドデータは、医療実体を示す貴重な情報源として重宝されています。
患者名が匿名化されながら症状や調剤履歴などが記録されており、これを用いれば詳細な医療データを得ることができます。
保険者、医療機関、研究者、厚生労働省など、リアルワールドデータは様々なステークホルダーに大きな価値をもたらすものですが、今回はその中でも製薬企業にとってリアルワールドデータがどのように利用されているのかをまとめました。
出典:JMDCホームページ
代表的なRWD DB
では、リアルワールドデータのデータベース(RWD DB)にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的なものとして、以下の2つがよく取り上げられます
- NDB(ナショナルデータベース)厚生労働省が提供している、レセプト情報・特定健診等の情報データベース。公益目的のリアルワールドデータであり、データの提供は国の行政機関や都道府県、大学や研究開発を行う独立行政法人、医療サービスの質向上を設立目的とする国管轄の公益法人や研究費を国から補助されている者などに限られる。
- MID-NET全国23の大病院から電子カルテなどを集めた、製造販売後の調査や公的な研究費で行われている研究のためのリアルワールドデータ。提供は、厚生労働省によって開発要請がなされた医薬品についての使用実態調査や、国、自治体、独立行政法人などの公的研究費による研究に対してのみ。
上記のように、これらのリアルワールドデータデータベース(RWD DB)は非常に公益性の高い研究にのみ使用が許可されており、従来は非常に利用ハードルの高いものでした。しかし、近年は独自に医療機関や保険者と契約することで自前のデータベースを通してリアルワールドデータを構築している民間企業が出てきています。こうした民間企業のサービスであれば製薬企業や医療機関でも利用することができます。
今回は、代表的な民間企業としてJMDCとMDVをご紹介します。
株式会社JMDC
「大切な人と夢を持って過ごす時間を少しでも増やすことができたら。私たちはデータとICTの力により予防、未病、治療、ケアという分野で、その進化を支えます。」
とJMDCの会社概要に記載されていますが、その言葉のとおり、JMDCはヘルスケアデータ事業会社としてのその確固たる地位を確立しています。
「コロナワクチンの管理サービス比較」記事では、個人の健康データを管理するサービスである「Pep up」を運用している企業として登場しました。
今回は以下で、JMDCの事業についてもう少し具体的に見ていきます。
JMDCの事業
出典:2021年3月期決算説明資料
上記の通り、JMDCの事業は大きく、製薬企業・保険業者向けサービス、医療費抑制施策提案や予防医療サービスなどの健康保険組合・一般市民向けサービス、病院経営サポートや薬剤添付文書データベースなどの医療提供者向けサービスの3つに分かれるようです。今回はそのうちの最もおおきな規模を誇る事業である、ヘルスビッグデータ事業について見に行こうと思います。
JMDCのデータ活用事業
出典:2021年3月期決算説明資料
こちらはJMDCのデータ活用事業内容です。前述の通り、医療機関や保険者と独自に契約をすることでデータベースを構築し、アカデミア、製薬企業、保険会社などに提供しています。
データの母集団
出典:2021年3月期決算説明資料
こちらの資料によると、実際にデータの母集団も近年はおよそ100万人/年というとてつもない規模で増えてきているようです。
出典:2021年3月期決算説明資料
自社のパーソナルヘルスレコードアプリ、Pep upとの連携も推進しており、2025までに50%で予防医療サービスを拡大することを目指しています。
このような母集団の大きいデータを利用することで、製薬会社はアンメットニーズを把握して新たな市場を開拓したり、新薬を開発した後の市販後調査を行ったりすることが可能となるなどのメリットを受けることができます。
メディカル・データ・ビジョン株式会社(MDV)
ホームページに記載された会社情報によると、“豊富な実証データに基づいた医療の実現”というコンセプトのもとに命名されたメディカル・データ・ビジョンは、「膨大に蓄積された医療・健康情報を有効活用すること」により、「生活者が、生涯を通じて自身の医療・健康情報を把握できる社会」「それらの情報をもとに、自身で医療・健康分野のサービスを選択できる社会」を目指している企業です。JMDCと同じく、MDVの製薬企業の事業支援をご紹介したいと思います。
MDVの事業
出典:MDVホームページ
「データネットワークサービス」と、その「データネットワークサービス」を基盤とした「データ利活用サービス」の2つを柱としており、JMDCと同じく医療機関と提携することで「日本最大級」のリアルワールドデータを整備しています。
MDVの主なサービスとしては医療機関向けの病院経営サービスと、製薬会社や研究機関向けのデータ利活用サービスなどがあるようです。今回は、後者のデータ利活用サービスである、MDV analyzerとアドホック調査サービスの2つについてもう少し見ていきたいと思います。
MDV analyzer
出典:MDVホームページ
MDVの持つデータベースをもとに、疾患や薬剤の他、手術や検査など実際の診療行為などを起点として患者数や処方日数、処方量などの様々な情報を分析することができるツールです。
アドホック調査サービス
出典:MDVホームページ
こちらはより具体的でピンポイントな分析をMDVが行い、詳細な集計レポートや研究論文用のデータセットなどを提供するサービスです。
JMDC動揺に、MDVも母集団の大きいデータによって、製薬会社の各業務を効率化するだけでなく、MDVの方ででデータの分析まで行うことで、データ分析の技術を有さない企業でもRWDを用いた業務改善が可能となります。
データベースの需要
出典:2021年度第一四半期決算説明資料
こちらはMDVの決算説明会の資料です。あくまで1つの調査結果であり、またMID-NETはそもそも活用しづらいデータベースである点に注意は必要ですが、それでも冒頭でご紹介した公的なデータベースであるMID-NETよりも使用頻度が高く、MDVのデータベースの規模の大きさを窺い知ることができます。
製薬企業におけるリアルワールドデータの価値は何か?
RWDは、製薬企業において、新規医薬品の研究・開発・治験・市販後調査など、各段階で有効活用されています。
研究段階では、新薬開発を検討している領域に関するデータベースを通して、アンメットニーズの探索や、リスクファクターの開発などが可能となります。開発においては、RWDを用いることでエビデンスを蓄積していったり、開発プロセスの非効率部分の見直しなどが可能となります。
治験においても、RWDは有効です。従来の治験では、患者を新薬使用群と非使用の対照群に区分し、その差分を新薬の効果とする研究手法がメジャーでしたが、RWDを用いて対照群をデータ上で準備することが可能となれば治験は大きく効率化されます。
また、市販後調査に関しては、RWDによってどのような患者層に活用されているのかという背景因子を解析することが可能となります
このように、RWDを用いれば様々な段階で製薬企業の業務が効率化されることが見込まれ、難病や希少疾患などの、患者数が多くない疾患でも新薬開発に取り組む企業が増えてくることが予想されます。
一方で、これらのデータは研究開発のために収集されたデータではないため、実際に研究するために十分な情報が収集されているとは限られていない点、データ収集は外注される形になるため、扱うデータの妥当性が曖昧である点などには注意を払う必要があります。
リアルワールドデータのこれから
米国では、既にEMA(European Medicines Agency)やFDA(Food and Drug Administration)などの規制当局から、RWDによって得られるエビデンスである、リアルワールドエビデンス(RWE)を活用するためのフレームワークやガイダンスが発表されており、そうした規制当局からリアルワールドデータの具体的な活用方法が示されていることで、製薬企業におけるリアルワールドデータの活用が促されています。日本では、前述の通りこれまでは国の保有するデータベースはアカデミア等の公的な機関や法人に限られていましたが、2019 年 5 月に公布された「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律」において、一般企業におけるデータベースの利用も少しずつ可能となってくると考えられます。
参考URL
- 日本製薬工業協会「製薬企業における RWD の活用促進に向けて ~現状、課題、論点整理、将来展望~」( http://www.jpma.or.jp/medicine/shinyaku/tiken/allotment/pdf/bd_rwd_sg3.pdf )
- MDV「コラム リアルワールドデータとは?特徴や活用方法を解説」( https://www.mdv.co.jp/ebm/column/article/02.html)
- JMDC HP「 https://www.jmdc.co.jp/ 」
- MDV HP「 https://www.mdv.co.jp/ 」