昨今、日本でもよく目にするようになったワードである「プライマリ・ケア」。国立国語研究所「病院の言葉」委員会の報告書によると、「ふだんから近くにいて、どんな病気でもすぐに診てくれ、いつでも相談に乗ってくれる医師による医療」と定められている。
ただ実際には、プライマリケアによる患者へのメリットや、プライマリケア医の役割、そしてなぜ今プライマリ医が必要とされているのかなど、自信を持って説明できる人は多くはないのではなかろうか。本記事では、これらの悩みを解消すべく、プライマリケアとは何か歴史と定義から振り返り、なぜ今、そしてこれからプライマリケア医が必要とされるのか考察した。
プライマリケアとは何か?
プライマリケアの学問的な定義
現在の医療界においてプライマリケアのもととなっているのは、米国国立科学アカデミーの定義(1996年)である。
そこでは、「primary care とは,患者の抱える問題の大部分に対処でき,かつ継続的なパートナーシップを築き,家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される,総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」とされている。
プライマリケアの本国の歴史
プライマリケア領域で一番大きい一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会は、2010年にプライマリ・ケア関連の3学会(総合診療医学会、日本プライマリケア学会、日本家庭医療学会)が合併し、主に一般医・家庭医を中心として発足した。専門医プログラムは、2017年度よりスタートしている。
プライマリ・ヘルス・ケアとプライマリケアの違いとは?
プライマリケアは、1978年に世界保健機関と国際連合児童基金による合同会議で公表された「アルマ・アタ宣言」での、プライマリ・ヘルス・ケア(Primary Health Care、PHC)が発祥と捉えられることがある。
しかし、日本プライマリ・ケア連合学会は、日本や欧米先進国で一般的に用いられるプライマリケアは、アルマ・アタ宣言による定義とは異なることをHPに記載している。
理由として、プライマリ・ヘルス・ケアは、医療よりもそれ以前の保健に重点が置かれる発展途上国の医療と、医療資源に恵まれ医療者と患者・家族・地域との関係性を軸とした議論や診療が可能となる先進国の医療を共に包括する概念であり、日本や欧米諸国におけるプライマリケアとは、後者の先進国の医療を指すからであるとされている。
かかりつけ医とは何が違うのか?
「プライマリ・ケア」とは、“Primary(初期の、基本の)”+"Care(治療)"という意味のように、1次医療を指す。
プライマリケア(1次医療) | 総合診療医や家庭医により、医療の入り口としての役割・機能を持つ、全人的な診察と持続的な健康管理や治療が提供される医療・ケアのこと。 |
セカンダリケア(2次医療) | 主に病院などの第2次診療機関において提供される専門的な医療のこと。 |
ターシャリーケア(3次医療) | 高度機能を有する医療機関において提供される専門的な医療のこと。 |
そのため、プライマリケア医は、医療制度の中で1次医療の枠組みの中で、いつでも、誰でも、なんでも相談にのることができる医師として求められている。
一方で、プライマリケアを説明する際によく使用される「かかりつけ医」とは、医療制度の一部として定められたものではなく、患者側のニーズに重きをおいた言葉であると説明されることが多い。
プライマリケアの患者にとってのメリットは何か?
プライマリケアにおける患者のメリットを挙げるにあたり、「プライマリケアの5つの理念」は見逃しておけない。
現在、日本プライマリ・ケア連合学会は5つの基本理念として近接性、協調性、包括性、継続性、責任性を提唱している。
これらの理念をもとに形作られるプライマリケアでは、患者にとっては、以下のようなメリットが考えられる。
・いつでも訪問できる
・気軽に相談できて1人1人に合わせたベストな医療を選択してくれる
・どんな病気であれ、日常的に起こる大半の健康問題を解決することができる
・もし重い病気の場合はより専門的な医療に紹介してくれる
なぜ今プライマリケアが重要なのか?
高齢化社会においては専門的治療と同様にプライマリケアがより良い医療の提供に必須である
近年は、消化器内科・皮膚科・眼科など開業医でも各医師の専門医資格に合わせたクリニックが増加傾向であり、受診する患者側も各疾患に合わせて直接その領域の専門医師に診てもらいたいと希望する風潮もある。
一方で、元気な若者とは違い高齢者は老化とともに、日常的に軽い咳嗽や発熱などの治療にあたり専門的な知識や手技を必要としない症状や、全身で様々な症状を引き起こす高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱えやすくなる。専門的な病気のみ扱うクリニックだけだと、患者は医療機関をいくつも掛け持ちする必要が出てくる。プライマリケア医の台頭により、患者情報を一か所に蓄積でき、より適切な治療やアドバイスを提供できるようになるだろう。
また、高齢者は若者に比べ、家族構成や生活環境など個々人の悩みが増える傾向もある。一般に先進医療を提供する医療機関では患者と気軽に相談し、個々人の悩みをじっくり話し合い、解決を見つける時間をとることはできない。そのため、各患者に寄り添い、全人的な医療を提供することを目的とするプライマリケア医がより必要となるだろう。
高齢化社会においては、根本的解決を計る先進医療は欠かせず専門的治療を提供する医師も重要であるのと同様に、プライマリケア医の需要と存在感がより一層ましてくると考えられる。
コロナ禍において1次医療の必要性がこれまで以上に高まっている
コロナ禍では感染の波が定期的に押し寄せ、医療逼迫が常態化している。重症症例だけでなく特に逼迫されているのが、軽症症例の発熱外来である。日々患者でごった返し、従来の病院やクリニックにおけるオペレーションでは到底対応できない状態が続く。
このような状況下では、医療業界としてフィルターとしての1次医療に力を注ぐ必要が増し、プライマリケア医が欠かせない。
また、全人的な医療を提供するプライマリケア医は、予防医療としても機能する。近年、健康寿命を基準に語られることが増し予防医学の重要性は広まりつつあるが、中でもコロナ禍在宅ワークや人と会えない状況下で有意に発症率が増加した精神疾患や生活習慣病の予防は社会的に大きな意義があると言える。
プライマリケアは過剰医療や過剰投薬の解決に必須のパーツである
厚生労働省の報告書(PDF)によると国民医療費は令和元年で44兆3,895億円に達し、前年度比の2.3%増と医療費は増加の一途を辿っている。理由として、国民皆保険制度により国民の医療アクセスが他国に類を見ないほど良い日本では、過剰医療や過剰投薬が更なる医療費増加に加担していることが挙げられる。
過剰医療の一例として、放射線科画像撮影技術が上がる。日本は、世界一のCT、MRI保有国であると言われ、患者や医療提供側が希望することで簡単にCT、MRI検査を撮影できる。そのため、がんなどの精密検査や救急疾患の精査などが可能となり患者個人へ提供できる医療の質は極めて高いというメリットがある。一方で、撮影障壁が低いが故に、必要な一回のみならずその後も経過観察で撮影を繰り返すことにもつながっている。
問診に時間をかけ、患者の心理社会的背景にも考慮し、全身を管理するようなプライマリ・ケアの視点があれば、不必要な検査や投薬を減らしコストの削減にもつながることは間違いない。
オンライン診療などの新しい医療アクセスの形はプライマリケアに近いといえ、需要が増していくことが予想される
2022年7月22日, 米Amazon社はプライマリケアサービスを提供するOne Medical(ワンメディカル)を買収すると発表した。買収の詳細は、こちらの記事を参照していただきたいが、One Medicalは約78万人の登録ユーザーを、アメリカ国内の188の医療機関を抱え、オンライン診療であれば24時間いつでも利用可能であるプライマリケア事業を展開している会社である。
One Medicalのサイト内記事を見ると、小児医療、高齢者医療、働く人向けのケア、LGBTQ当事者向けのケアなどプライマリケアが満たす多様な患者ニーズを幅広く、より具体的に捉えていることがわかり、AmazonがAmazon care、Amazon pharmacyとともにプライマリケアを推し進めようとしている意図が見えてくる。
現状では、日本国内にOne Medicalほど多角的かつ大規模にプライマリケアを捉えているサービスやクリニックは存在しないが、今後、国内のオンライン診療サービスがAmazonのプライマリケア医療化に追従する可能性は十分考えられ、医師の需要も増すだろう。