バリューベースドケアとは何か?今後の医療になぜ必要か?

投稿日

最終更新日

  • VBM

バリューベースドケアとは何か?今後の医療になぜ必要か?

バリューベースドケア(Value based care)とは何か?

バリューベースドケアとは、端的に説明するとアウトカム(エビデンス)に基づいて、医療資源を最適に再分配することで、患者にとっての治療アウトカムを最大化しつつ、治療コストを最適化し減らしていく取り組みのことである。

2022年3月にMcKinseyが発表した最新のヘルスケアレポート"The next frontier of care delivery in healthcare"[1]の中では、「Value-based」というキーワードを挙げるなど、近年欧米での医療では患者のバリューに重きを置いた治療に注目が集まっている。
日本ではバリュー・ベースド・ケアの概念は十分浸透しているとは言えない一方で、日本でも今後バリュー・ベースド・ケアを取り入れた考え方や新規ビジネスの可能性は今後重要になっていくと考えられる。

バリューベースドケアが生まれた背景

従来の医療での治療方針は診療ガイドラインをもとに決定している

そもそも医療現場において治療方針はどう決まるのだろうか?

現在の先進国の医療では、患者の気分などの主観的情報や血液データや画像データなどの客観的な情報をもとに疾患を予想し、対象疾患の診療ガイドラインを参考にした上で、最終的に医師の判断のもとに治療方針を決定する。

診療ガイドラインが作られるまでの医療現場では、医師がそれまでに培った経験則のみで治療方針を決定していた。
ビジネスにおける一種のフレームワークのように機能する診療ガイドラインを使用するようになったことで、医師は科学的根拠に基づいて推奨されている治療をすぐに患者に適応することができるようになった。
今となっては、多くの臨床現場で高い診療レベルを保つツールとして、診療ガイドラインは欠かせない。

*診療ガイドラインとは
臨床研究を通して、統計的に多くの人に効果があるとされる標準的な検査、治療などが記載されたものである。例えば、がんの診断や治療においては、対象臓器のがん診療ガイドライン[2]が用いられる。

診療ガイドラインに従った治療には欠点も無数に存在する

診療ガイドラインの普及により、多くの人にとってより良い治療方針が選択されるようになった一方で、患者にとってのバリューを考えるといくつか欠点も存在する。

1.得られる結果が患者にとっては価値が大きくない場合が存在する

これは患者が治療する目的とガイドラインの推奨する治療の目的がずれていることによりおこる。診療ガイドラインで推奨される治療は主に予後改善を目的としているが、患者の望む治療結果は予後改善でないこともある。
例えば、末期がんで余命半年の患者さんのケースを考えるとする。放射線化学療法で余命を一年間に伸ばせるが副作用でずっと病院で寝たきりになる状態と、痛みに対する対症療法のみで家族と一緒に半年間暮らす状態とどちらを望むだろうか。
この選択に正解はないが、後者を選択する患者にとって放射線化学療法により延命できるアウトカム(結果)のバリューが高いとは言えない。

2. ガイドラインに則った医療は決してコストの最適化にはつながっていない

医療業界には患者、医者・看護師・その他医療従事者、製薬企業、保険企業、行政、大学等研究機関などの様々なステークホルダーが存在し、煩雑な業界構造となっているため、コストが最適化することは非常に困難である。

ただし、2018年3月の経済産業省のレポート[3]によると、日本国内のみならず世界中でヘルスケアに対するコストは上昇を続けており、いずれは危機的な水準へ到達するとされている。

早急な医療コスト低減に向けた動きが必要となるが、診療ガイドラインの治療はコストよりは予後改善といった治療効果をもとに決定されているため、治療コストが最適化されているとはいえない。

治療プロセスではなく患者にとっての医療のバリューを重視する医療が必要となる

上記のような医療業界の背景をもとに、ガイドラインの治療プロセスで評価するだけではなく、患者にとってのバリューをもとに評価するバリューベースドケアという考え方が浸透しはじめている。

バリューベースドケアとは?

患者にとってのバリューは、「治療のアウトカム(結果)/治療のコスト」で定義される

「バリューベースドケアとは何か?」、「そもそもバリューとは何か?」といった一連の疑問を解決するのには、競争戦略手法としてバリュー・チェーン分析を提唱した経済学者マイケル・ポーター氏が、医学界のトップ・ジャーナルであるNew England Journal of Medicine誌に掲載した寄稿”What Is Value in Health Care?”[4]が役に立つ。

*バリュー・チェーン分析
従来のサプライチェーンではなく企業が社会に生み出すバリューに着目し分析する新しい競争戦略手法である。
事業活動を機能ごとに分類し、どこで付加価値が生み出され、競合に比べどこに強みと弱みがあるかを分析することで、事業戦略の有効性や改善の方向を探る。

https://www.nejm.org/

本誌においてマイケル・ポーター氏は、"value"は"health outcomes achieved per dolar spent"であると定義しており、患者にとってのバリューは"outcome relative to cost"であると述べている。
この考え方をもとに、バリューベースドケアにおける患者にとってのバリューは「治療のアウトカム(結果)/治療のコスト」で考えられている。

バリューベースドケアでは患者価値としてアウトカムの最大化とコストの最適化を目指す

バリューベースドケアでは、患者にとってのバリューをもとに治療を評価する。
バリューを最大化することを目指すにあたり、バリューベースドケアでは、患者にとっての治療アウトカムを最大化しつつ、治療コストを最適化し減らしていくことが必要になる。

バリューベースドケアにより恩恵を受けるのは患者だけではない

Health Affairs誌の論文"The triple aim: care, health, and cost"[5]によると、バリューベースケアは、①患者にとっての医療体験の向上と改善、②社会全体の健康状態の改善、③一人当たり医療費の削減、の3つを目的としている。

バリューベース・ヘルスケアの本質は、患者にとってより良い健康上の成果が出ることである。担当する患者により良い成果が出ることで臨床医のプロフェッショナリズムが刺激され、近年問題となっている医師の燃え尽き症候群の予防に効果があるという考え方もある。

また、コストの最適化は、治療を受け医療費の支払いをする患者側にとってメリットがあるのみならず、医療費の急増する現代社会において、医療業界をより持続可能なものにするためには欠かせないと言える。

様々な恩恵のあるバリューベースドケアの考え方は、これから日本で概念を普及させていく必要がある。
ただ、概念を広げていくだけではなく、日々の臨床現場に実際に導入するためにはどうすれば良いのだろうか?

バリューベースドケアを導入するために使われるフレームワークがある

バリューベースドケアをアイデアベースで終わらせず、いかに臨床現場に落とし込めば良いか考えていく上で、参考になるフレームワークがあった。

2020年にAcademic Medicine誌に掲載された論文"Defining and Implementing Value-Based Health Care: A Strategic Framework"[6]では、医療チームがバリューベースのヘルスケアシステムを導入する際の指針となるフレームワークが提案されている。

Strategic framework for value-based health care implementation to achieve better patient outcomes.

各項目の詳細は本論文を参考にしていただきたいが、簡単にポイントを以下に記載する。
1. まずニーズがある患者層を特定し、理解する
2. このようなニーズに対し、治療チームでソリューションをデザインし提供する
3. 治療チームは、多面的なソリューションを提供するためにも、一般的には医療従事者と扱われないような職種も含め他分野の専門チームを作る
4. 各患者の治療による有意義なアウトカムや治療コストを測定し、ケアと効率の継続的な改善を図る
5. バリューが向上するとチームはパートナーシップを拡大することで、より多くの患者により良い治療を提供する機会を作る

アメリカでのバリューベースドケアの取り組みは、取り組みやプレーヤーで分類できる

バリューベースドケアの本場としてアメリカでは様々な取り組みがなされている。
2018年3月に経済産業省が公表したレポート[4]によると、以下のように取り組みが分類されている。

経済産業省「重点国調査」より引用

現在の日本政府でのバリューベースドケアへの取り組み

現在、日本政府が"バリューベースドケア"として打ち出している施策はないが、内閣府及び厚生労働省が打ち出すPFS事業は、バリューベースドケアの取り組みの例として挙げられる。
2022年8月末には、厚労省のPFS事業の取り組みである「レセプト・健診情報等を活用したデータヘルスの推進事業」の実施報告が公開された。

そもそも「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)」事業とは?

「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)」とは、内閣府が打ち出す施策の一つである。

内閣府のHPによると、「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)」とは、行政課題の解決に対応した成果指標を設定し、成果指標値の改善状況に連動して委託費等を支払うことにより、より高い成果の創出に向けたインセンティブを民間事業者に強く働かせることが可能となる新たな官民連携の手法である、とされている。

PFSによる事業とは、地方公共団体等が、民間事業者に委託等して実施させる事業のうち、その事業により解決を目指す「行政課題」に対応した「成果指標」が設定され、地方公共団体等が当該行政課題の解決のためにその事業を民間事業者に委託等した際に支払う額等が、当該成果指標の改善状況に連動する事業である。[7]

厚労省主導の「成果連動型民間委託方式による保健事業(PFS事業)」がバリューベースドケアへの取り組みと言える

内閣府のPFS事業の推進に伴い、令和3年度には厚労省でもレセプト・健診情報等を活用したデータヘルスの推進事業として成果連動型民間委託方式による保健事業(PFS事業)が公募され、2022年8月末に実施報告が公開された。
採択事業は、全14件あった。[8]

中でも、注目した取り組みを以下に3つ挙げた。

1. 富士電機健康保険組合:レセプトデータおよび非対面コミュニケーションの活用を用いた減薬指導(参考

この取り組みは、近年の薬剤の過剰投与に着目したものである。プライマリケアの記事でも記載したが、高齢者では生活習慣病など慢性疾患の併発が若年者に比べ増加するため、治療薬の多剤併用や過剰投与につながり、薬の有害事象による問題が頻繁に起こる。

この問題を解決すべく、この取り組みでは60歳以上74歳以下の前期高齢者(予備軍含)を対象に、個人に合わせた減薬指導として、各被保険者のレセプト情報に基づいた「おくすり通信簿」を送付し、難しい薬剤の問題をわかりやすく説明して行動変容をサポートし、またIT技術を活かした電話での生活習慣の改善・減薬をサポートを行っている。

成果指標としては、介入前後3ヶ月間のデータを元に、「減薬効果量% =(介入年度の薬剤変化量―前年度の薬剤変化量)÷ 当該年度介入前の調剤情報×100(%)」を使用している。
疾患毎に適切な減薬指標が異なる為、薬剤数、力価、使用量の3点について算出し、最大のものを、各個人の減薬効果量(%)として、この全体の平均値を成果指標疾患毎に適切な減薬指標が異なる為、薬剤数、力価、使用量の3点について算出し、最大のものを、各個人の減薬効果量(%)として、この全体の平均値を成果指標としている。
1年間の結果としては、減薬効果量(%)は-84%となっている。

2. 野村證券健康保険組合:オンラインによる飲酒習慣改善サポート事業「ほど酔いプログラム」(参考

飲酒は肝機能低下、高血糖、肥満等だけでなく、睡眠の質低下による日々の生産性の低下につながる。
それだけでなく飲酒は、メタボリックシンドロームなど生活習慣病やがん全般、肝硬変、慢性膵炎、うつ病、動脈硬化など様々な疾患のリスクファクターでもあるが、依存度が高いためなかなか個人で中毒症状から回復することは難しい。効果の高い飲酒習慣改善サポートは需要が高い。

この取り組みでは、飲酒習慣の改善を目指す新たな事業で有効性の効果検証を行なっている。具体的な方法としては、アルコールをノンアルコール飲料へ置き換え、睡眠計測デバイスを用いて睡眠の質評価による減酒効果の実感する機会の提供し、また管理栄養士とのオンライン面談(合計5回)を提供することを行なっている。
アウトカムの検証方法としては、アンケートによる"飲酒習慣是正率"と肝機能マーカーであるAST、ALT、γ-GTPの血液検査結果をもとにした”肝機能改善率”を用いている。

結果として、上記の結果以外にも、NPSをもとにした満足度のサービス評価でも非常に高い結果が得られている。

3. FR健康保険組合:ascure卒煙指導(成果連動型契約でのオンライン禁煙支援)(参考

厚生労働省「国民健康・栄養調査」[9]によると、現在の喫煙者割合は、16.7%であり、この10年間では有意に減少している。 ただ、年齢階級別にみると、30~60歳代男性ではその割合が高く、約3割が習慣的に喫煙しており、禁煙による本人の疾病予防と被扶養者の受動喫煙の防止は将来的な医療費削減を目指すために欠かせない。

この取り組みでは、様々な「治療アプリ」を開発する株式会社CureApp社(提供するサービスなど詳細はこちらを参考)に民間委託契約を結び、医薬品・指導員との面談・アプリの支援により身体的・心理的依存の克服を目指している。

アウトカムの検証方法は、以下の3つの指標を用いている。

結果としては、以下のようであった。
指標1:申込率は、目標1.2%に対して、成果は1.46%(+0.26%)
指標2:完遂率は、目標90%に対して、成果は92.86%(+2.86%)
指標3:禁煙成功率は、目標50%に対して、成果は59.52%(+9.52%)

まとめ

本記事では、欧米での医療で徐々に広がりつつあるバリュー・ベースド・ケアの概念を広く調査し、背景から実際の取り組みまで幅広く書いた。日本においてこの概念はまだ十分浸透しているとは言えないが、今後重要になることは間違いない。
本記事を通して、実臨床の現場にバリューをもとにして治療/介入を決定するバリュー・ベースド・ケアの価値観が導入する例が増えていくことを願っている。

参考文献

[1]The next frontier of care delivery in healthcare-McKinsey & Company(2022年)
[2]がん診療ガイドライン
[3]重点国調査 - 経済産業省
[4]What Is Value in Health Care?-Michael E. Porter, Ph.D.
[5]The triple aim: care, health, and cost
[6]Defining and Implementing Value-Based Health Care: A Strategic Framework
[7]成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)ポータルサイト-内閣府
[8]令和3年度高齢者医療運営円滑化等補助金における「レセプト・健診情報等を活用したデータヘルスの推進事業」の実施に係る公募について
[9]国民健康・栄養調査-厚労省

京都府立医大6年生。アイリス株式会社のインターン業務、USCPA受験、研究室で論文執筆など医ンタープレナーとして楽しい日常を送ってます。趣味は、F1観戦とサイクリング。グルテンフリー6年目です。(Twitter:@Ogu_Yasuhiro6、Researchmap:https://researchmap.jp/OGURA-Yasuhiro)